沖縄県の観光の拠点、首里城が火災で紛失 | 曽爾村民による曽爾村の日常

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正殿と北殿、南殿が全焼するなど、主要7棟の計約4800平方メートルが焼失したというニュースを見て、言葉を失いました。

朱の瓦が美しい中国の王宮風の建築に、日本の城郭に見られる唐破風(からはふ)屋根を付けた首里城は、両国の文化を取り入れた琉球文化の象徴で、戦前には正殿が国宝に指定されていたんです。
太平洋戦争の沖縄戦で焼け落ちましたが、守礼門の復元から始まり、建物群が復元され、30年にも及ぶ復元工事を今年1月に終えたばかりだったとか。

フランスのノートルダム寺院の火災の時もそうでしたけど、テレビで見るだけでもショックなのに、ご近所の方々や子ども達はもっとショックを受けておられるだろうと思います。
首里城は一度行きましたが、鮮やかな赤が印象的な、当時に思いをはせる素晴らしい建物、展示でした。それがなくなったと思うと、言葉にならないぐらい悲しいですし、心が痛みます。

沖縄の人にとって首里城は、誇りなのだと思います。精神の拠り所が失われるのは辛いはずです。

本当に言葉になりません。