”めだか街道(旧伊勢本街道)-伊勢本街道山粕宿” | 曽爾村民による曽爾村の日常

曽爾村民による曽爾村の日常

訪問ありがとうございます。
曽爾村民と名乗っていますが、仕事の都合であまり曽爾村について書く暇がありません。たまに書きます。
よろしくお願いいたします!

以前というか3年前……ですか。伊勢本街道に軽く触れた記事を書かせてもらいました。
今日も少し書いちゃって良いですよね。良いですよね。



伊勢本街道が通る曽爾村山粕地区は、宿屋などが立ち並び大いに賑わったそうで「奥宇陀の大阪や」とさえ云われ、人形浄瑠璃芝居の三味線の音が聞こえていたそうです。道中には、大乙貴命(おおむなちのみこと)を祭祠していた佐田の宮跡があり、平維盛が一時隠れ潜んだ伝承地で、また空海が修行中に岩窟に刻んだ梵字の岩屋があります。


山粕宿の解説パネルです。。山粕宿の中に、ぽつんと立っていました。解説によれば、宿場とは「宿泊・運輸・通信の機能を備えた集落のこと」で、江戸時代の山粕宿には、旅籠はもちろんのこと、様々な店屋に加え問屋もあり大変賑わっていたそうです。


これは、解説パネルに記されていた「元伊勢街道 旧宿 問屋家敷地跡」の石碑です。山粕宿の西端にあります。「問屋」とは「馬や人足、駕籠を調達したり、手紙や荷物を送ったりする」ためのセンターであったといいます。運輸・通信の要だったのです。現代なら、郵便局に宅配便機能を加え、レンタカーやタクシー・チャーターバスをも取り扱う一大センターだった事になります。 ここにあった問屋は、まさに問屋という屋号で旅籠もやっていたそうです。この石碑だけを見ても想像は難しいですが、往時は相当に大きな建物で、大勢の従業員を抱えて営業していたのでしょうね。



宿場としての面影は、ほとんど残っていません。旧街道も、地元の人々の生活道路となっています。 近年は、道沿いに連なる民家の軒先に、めだかの水槽を並べ販売する「めだか街道」があります。道に沿って山粕川の清流があるため、めだかを育てやすいのかなと。

山粕郵便局に「室生村道路元標」がありますが、それは3年前の記事で触れています。ぜひ読んでください。

今回は、この辺で失礼します。