皆さんお晩です。
まりんですオレンジ

今年の3.11は蔵王
ゆと森倶楽部さんで
暖炉ライブでした。

色々な思い出がよぎったけど
お馴染みのスタッフさん達や
あたたかいお客さまに囲まれて
穏やかな気持ちでこの日を
過ごすことが出来ました。

ありがとうございました黄色い花キラキラ
お客さまのなかには
「自分は東京にいるけど
毎年この日は必ず東北に来ている。
これぐらいしか出来ることは
ないから…」と、思いをお話し
して下さった方もおりました。
胸がぎゅっっとしました。
其々皆さんいろんな思いで
この日を過ごしたと思います。

言葉にするのは難しいですが
以下、少し私の思い出です。

ー➖ー➖ー

あの日、あの瞬間、
きっとこのまま
「日常」なんて脆いものは
もう来ないんじゃないか
とさえ思った。
家でひとりで(あと亀一匹と)
雪も降り出すし暗くなるし。

家族はきっと大丈夫大丈夫…
あの場所は今どうなってる?
あの人は…???

新聞とラジオから少しずつ
現実味が無い現実を知って
あんまり考えないようにしながら
誕生日を思い出したのは
何日か後に奇跡的に手に入った
ケーキを母が買ってきてくれて
それを暗闇の中で食べた時。

それでも日は昇るし
お腹は減るし食料探しに行くし
そしたら絶対誰かと会うし
その誰かが「こんな時だから」と
あり得ない値段で売ってくれて、
仙台の街には日本中の救急車と
消防車が長い長い列を成してて
それに手を合わせて泣いている
おばあちゃんが居て、、

無事な人と連絡が取れたら
とりあえず会いに行ったし、
行ったら行ったでいろんなことが
あって、、変わり果てた街と…
気張り続けて、出来るだけ笑顔で
いようと泣けない人たちが居て。

なんかもう演奏しかできないけど
よかったら聞いて下さいって
小さな集落まで地元の人たちと
一緒にたくさんたくさんまわって。

そこで見つけたのは
確かにその土地への「愛」だったり
そこに生きる「誇り」だったり
厳しい自然の中に生きてきたからこそ
存在する人との太い「繋がり」。

わたしだって遠い昔から
ずっともっていたのに
いつの間にか霞んで
見えなくなっていたもの。

ー➖ー➖ー

今では"それ"が原動力で
外の世界とじぶんを
繋ぎ留めてくれています。

その歩みを
地元新聞「河北新報」の記者さんが
ひとつひとつ言葉を紡いで
記事にしてくださいました。
(2019.3.1 河北新報 夕刊)

ほんとに8年あっという間に
経ってしまったけど、
あの日以来、同じ思いや
願いを込めて動いている
人たちと沢山出会って、
その先がこんなに広い世界だなんて
思いもしなかったです。
皆さん本当にありがとう。

もう少しで年号も変わるけど
復興も先の先だけど
相変わらず思いを音楽にして
皆さんに届けに行きます足あと

これからまた一年。 
当たり前の日常が
変わらず訪れますように。