仕事をしている人たちって何が目的なんだろう?
勿論、雇う側・雇われる側とで違いはあるんだろうけど、先ずは自分や家族の生活のためというのが多いのではないだろうか?
かく言う僕も事実として自分自身もの生活のためであることに否定はない。
生活のため=収入の安定、向上の図式はキレイごと抜きに崩れる事はないと思う。
中には自分が満足できる仕事ができれば収入なんて関係ないって人もいるだろうけど…
(勿論その考えは否定はしません。かつては僕もそうだったから)
つい最近、昔から付き合いのある社長さんと二人で呑んでた時にふとした事からこのテーマで話し込んで考えるところがあったので…
ただ、収入を得るという事は、それに伴った責任があるんだよね…雇う側・雇われる側問わず…
その部分がちょっと軽んじられていないかと思ってしまって…
一先ず毎日仕事(というサイクル)で出社して、仕事している体であって(しているつもり)、課せられた目標はコケても仕方がない(月給は滞りなく振り込まれる)とか、1時間そこに居れば(言われたことしてれば)時給が入るからOK的な。
さて、経営者がそうだったらその会社はどうだろう?存続するのだろうか??
まず難しいだろうね。
『けいえい』
事業目的を達成するために、継続的・計画的に意思決定を行って実行に移し、事業を管理・遂行すること。
雇う側はこれが大前提としてあるけれども、雇われる側がそれを具現化できなければ(しなければ・させることができなければ)意味を成さない訳で…
収入を得て安定した生活を送ったり、少しでも余裕を得たりする。
その為には事業が存続し、収益を上げなければならない。
そのことについてベクトルを合わすなら、雇う側・雇われる側が『経営』ではなく『継栄(継続して栄える)』の意識を持って取り組めば質の高い仕事をし、事業に利益をもたらし、その利益が収入に反映される。
マネジメントをする立場になって、先の呑みの席でふと頭に浮かんだ言葉、『継栄』。
これを自分も含め、うちの若手にも考え、意識して仕事に取り組んでほしい、いや、取り組むようにしなければと独り思った有意義な呑みでした!
ただのお酒好きじゃないんだな…
