見えざる手 ~ 変化への対応[No.326] | 起業して不安はあるもののワクワクしている50歳・IT技術者・中小企業診断士のブログ

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アメリカで異常に金利の高い状況が長く続いていて、お金の流れを鈍らせる経済にとってのブレーキとか言われながらも、そこそこの状態が保たれてきた。がしかし、このところ幾分の雇用の弱さを示す数字が出てきて、いよいよ経済が峠を越し下降しつつある可能性が高まっている現状に対して、金利を管理する担当者は「見えざる手」を誠実に受け止めながら政策を遂行していかないと!みたいな表現が新聞でなされていた。

 

状況が変わろうとしている時に、その根底で何が起きているのか?冷静に正しく把握した上で、それに沿った適切な対処が欠かせない。インフルエンザに罹患している患者にコロナの薬を投与したところで大した効果は期待できない。テスト勉強で基本が出来ていないのに応用に時間をかけたところで大幅な得点の向上は望めない。包容力を欲している女に母性を求める男は残念である。

 

「正しくやる」のではなく、「正しいことをやる」

 

仕事や人生に対する視点の置き方として3つの目が大切だといわれる。虫の目、鳥の目、魚の目の3つだ。虫の目は細部を注視することだ。いい加減さを排し、きっちりチェックを行い正確さに重きを置く視点である。その一方、鳥の目は細かいことは放っておいて物事の全体を俯瞰することである。経営者への報告は往々にして細かすぎる情報は不要である。経営者は全体を把握した上での迅速な判断が求められる。そんな立場で例えば社員同士の不倫で職場の雰囲気が乱れている!そんなちっぽけな情報が報告され判断を仰がれては頭がパンクしてしまう。

 

最後の魚の目は、今後の流れを予想することである。つまり「見えざる手」を感じながら将来の展開を構想し自社(自分)の利益の最大化を図ることである。とは言いつつ魚の目は大概において将来を完全に見通すのは困難で、さらに「見えざる手」は時間とともに変化するものだから、方針の微調整や修正は不可欠で完全にそれを見誤ったのであれば早く止めてしまわないといけない。格好つかないからといった、いつまでも誤りを認めないダラダラの継続は本当に格好悪い。

 

また「見えざる手」に可能な限り影響されることなく、長期的に確実に資産を形成する分散投資の考え方がある。ドルコスト平均法なるものである。「見えざる手」によって価格が変動する商品を定期的に一定金額を買い続ける方法である。価格が安い時には多量を購入できるし、逆に高い時は少量しか購入できず大量の高値づかみを抑えられる。このようなルールを守り続けることで、短期的には上下に変動しつつも長期的には右肩上がりになる商品に対して、運(見えざる手)に左右されることなく確実に利を得ることができる。購入対象の地域や通貨、セクター(業種)、さらには商品の種類を分散させることで、より確実性を増すことができる。

「見えざる手」によって変化する激動の時代みたいな表現がいつの時代もなされてきた。最近は特にITの発達によって、こういった表現が頻繁に使われるようになっている。そんな中、私は新しいことは若い人に、なんてことを耳にすると自分の価値がふっとんでしまう恐怖を感じる。若い頃は「ベンチがあほやから野球でけへん」みたいに下の方でウサを晴らせてたけれど、今は逆に突き上げを食らう年になってしまった。だから面白そうだと感じたことには可能な限り自分の手で試してみて、その中からひどく感動したことには特に多くの時間をかけ、自分のものにする努力を若い人に劣らず、ずっと続けていたい。

 

進まざる者は必ず退き、退かざる者は必ず進む。 福沢諭吉

 

永遠に若く