クラウド〜雲から降り注ぐ素敵[No.160] | 起業して不安はあるもののワクワクしている50歳・IT技術者・中小企業診断士のブログ
文章長すぎ!って方は赤字部分だけお読みください。
ーーーーーーーーーーーー
クラウドとは雲のことでインターネットに例えられていて、スマホやパソコン等からインターネットを介して様々なサービスを利用することを「クラウド」という。例えば営業マンは夕方に成果の報告のために帰社することなく出先からスマホで訪問実績を専用アプリに入力して、家に直帰できる。そんなで家族と夕ごはんを食べ、子どもと遊び、英気を養って次の日も笑顔でお客さんと接することができる。


最近、インターネット上のデータ保存が流行している。僕はEvernote、iCloud Drive、Flickr、Dropbox等といったサービスを利用している。

一番のお気に入りのEvernoteは書類や写真の保存に適したサービスで検索性に優れている。凄いのは写真の中の文字も認識して検索してくれたりする。紙の本を裁断してスキャナで読み込んだ電子書籍、新聞やwebサイトの気になった記事、子供の学校からの手紙をスマホで撮った写真、思ったこと等を放り込んでいる。で、必要な時にキーワード入力して探すことが出来る。自分で蓄えた情報をググる感じ。お気にい入りの情報を一箇所にまとめて(一元化して)保存しておいて、それに対して検索するのってすさまじく効果的だ。しかも時間、場所を選ぶことなく(スマホを持っていればいい)。車の鍵をどこに置いたか忘れてしまった時「かぎ」とか入力、検索して鍵の周辺10センチが黄色く点滅してくれないかなとか思ってしまう。

データを放り込むのもスマホさえあれば写真とってコメント入れてってことでサッとできる。僕は歩いている時、電車に乗っている時に思いつくことが多いので直ぐにスマホでEvernoteに放り込んでいる。こういうことって電車の窓の移り変わる景色と同じで次から次へと出ては消えていってしまうから頭の中の状態をパシッて瞬間、瞬間の写真をとっておかないと後で再現できないことが多い。暫くすると、それは通り過ぎてしまうのだから。新しい恋とともにどうでも良い昨日までをバッサリと切り捨てることができてしまう天真爛漫な女性みたいに。


僕は子供の頃、外に出かける時、ゲームウォッチ、キン肉マン消しゴム(キン消し)、キャプテン翼の単行本、といった宝物は肌身離さず持ち歩きたくて仕方なかった。これは二人の子供にも残念ながら強く遺伝している。そんなだから読みたい本、必要になるかもしれない情報、お気に入りの映画等々はいつも一緒にいて欲しい。そんな時、スマホによるクラウドの利用はうってつけだ。欲しい情報は空から降ってくる。事前に詰め込んでおかなくたっていい。「必要なものを必要な時に必要な量だけ」のトヨタのジャストインタイムみたいに。

欲しい情報はいつでもどこでも得られるようになると暗記だけの知識の価値が下がって知識と知識をくっつけて新たな智恵を作るみたいなことで一手間かけることが強みにつながるってことを聞いて衝撃が走るのと同時に妙にワクワクしてしまった。

ただこのような便利なクラウドにも厄介な部分ももちろんある。まず、スマホの通信量は大概の場合、僕の知る限りではwimaxを除いて制限されていることだ。僕の契約だと月7GBだ。ヘビーな使い方しなければ余裕だけど、NHKオンデマンドで歴史物とかの動画見ていると直ぐにアウトだ。

もう一つ厄介なのはデータの漏洩や故障等によるデータの喪失といったリスクの問題だ。2年ほど前にヤフー子会社のファーストサーバ社にてクラウドとして預かっているデータを保存しているコンピュータの管理プログラムにミスがあってデータが消えてしまう事故が起きた。

またクラウドではないけど同じようなことが起こりうる例としてベネッセの顧客リストをシステムの保守担当が外部に売却してしまった事件。僕の息子も被害者で500円の図書券を送る旨の連絡が来た。500円?さすがに安いよな、とか微妙な不満を感じつつ、じゃいくら?priceless!ベネッセの場合は自社のコンピュータだったけど、外部の会社のコンピュータにデータを保存することになるクラウドの場合はその危険度は一層増すことになる。

こんなふうに長短あるけど、あまり短所に過度に反応しすぎて発展にブレーキをかけるようなことはして欲しくない。適切な対策が必要なのはもちろんだけど。便利(発展)と安全はトレードオフ。どっちを優先するかは、世論、権力者、企業があーでもない、こーでもないで決めてくれたらと思う。DJが左右のつまみをスライドさせて曲を徐々に変えるように。ただ日本は家電業界で起きているデジタル敗戦みたいなことで眠たいこと言っている余裕なんてない適度なリスクが必要とされている状況なんだということは、その判断に加味されるべきだと僕は思う。車は交通事故は起こるけど、そんな欠点を補ってなお余りある移動による利便性を捨ててしまおうなんてことにはならない。

その一方で「いつでもどこでも」が進み過ぎてしまうと、「こんな時こんな場所で」にもなりかねない。そんな時はアナログのあったかさ、不便さが懐かしく思えてしまう。お客さんの「大至急」の感覚は以前なら今日中で許されていたことが小一時間くらいに変わった気がする。僕はお葬式の最中にお葬式の最中にやる程の重要性に乏しいことをノートパソコンでお客さんのコンピュータにつないで遠隔操作でトラブルと格闘したことがある。そんなことが行き過ぎると携帯の着信音が怖くなってしまう。wifiスポットはありがたいけど、今後は電波遮蔽スポットが流行るかも。

発展は全てを幸福にするわけではない。もちろん、しない方がいいなんてことは絶対にないけど。


ストーンズの Get Off of My Cloud

いつもありがとうございます。何かお感じになられましたら押してくれると嬉しいです!前に進むエネルギーになりますので。
ブログランキング・にほんブログ村へ