地元の駅には、立ち食いそばがあり、
味はうまくもなくまずくもなくといった、
理想的な立ち食いそばの店だ。
なぜ理想的かというと、
うますぎると、ちょくちょく行き過ぎて飽きてしまうし、
まずすぎると一度行ったっきり行かなくなってしまう。
うまくもなくまずくもない店というのは、数年に一度たまーに
無性にそこのそばが食べたくなる。といったときに食べられる。
という店だから。
そこの店の店主は、たまにしか行かなくても、
なんとなく記憶に残る店主で、そのへんにいると
わかる人だ。
立ち食いそば屋の隣には、
なか卯という、お買い得な価格で
うどんや牛丼が食べられる店が数年前にできた。
もちろん、そういった店ができると、
昔ながらの立ち食いそば屋は思いっきり、
あおりを受けてしまう。
そこの店主は、どうもなか卯のことを
そーとーライバル視しているようで、
ちっちゃい抵抗をしているようだ。
というのも、毎日帰宅するときに
その、なか卯と立ち食いそばの前を通りがかると、
その店主がなか卯の前に、ちゃりんこを置いて、
ちゃりんこに、ちょこんと座っているから。
そして座りつつ、自分の店に客が入るのを待っている。
店主の抵抗はむなしくも、
あまり意味がないようで、なか卯に次々と
客が入っていく。
立ち食いそばにはがんばって欲しいものだが。
でも、店主のみみっちい抵抗は自粛して欲しいものだ。
客よりあとに店に入る店主というものを
見てみたい気もする。
味はうまくもなくまずくもなくといった、
理想的な立ち食いそばの店だ。
なぜ理想的かというと、
うますぎると、ちょくちょく行き過ぎて飽きてしまうし、
まずすぎると一度行ったっきり行かなくなってしまう。
うまくもなくまずくもない店というのは、数年に一度たまーに
無性にそこのそばが食べたくなる。といったときに食べられる。
という店だから。
そこの店の店主は、たまにしか行かなくても、
なんとなく記憶に残る店主で、そのへんにいると
わかる人だ。
立ち食いそば屋の隣には、
なか卯という、お買い得な価格で
うどんや牛丼が食べられる店が数年前にできた。
もちろん、そういった店ができると、
昔ながらの立ち食いそば屋は思いっきり、
あおりを受けてしまう。
そこの店主は、どうもなか卯のことを
そーとーライバル視しているようで、
ちっちゃい抵抗をしているようだ。
というのも、毎日帰宅するときに
その、なか卯と立ち食いそばの前を通りがかると、
その店主がなか卯の前に、ちゃりんこを置いて、
ちゃりんこに、ちょこんと座っているから。
そして座りつつ、自分の店に客が入るのを待っている。
店主の抵抗はむなしくも、
あまり意味がないようで、なか卯に次々と
客が入っていく。
立ち食いそばにはがんばって欲しいものだが。
でも、店主のみみっちい抵抗は自粛して欲しいものだ。
客よりあとに店に入る店主というものを
見てみたい気もする。