それでは,今回のテーマは「歴史」>>「日中戦争」

 

<まえがき>

今回のテーマは,「日中戦争の真実」です.

 

日中戦争は1937年から1945年まで続いた戦争です.

当時は中国という国はなく,中華民国(以下中国)という国と戦争をしていました.

長らく日中戦争は日本の侵略戦争であるという認識が広まってきましたが,まったくのデタラメです.

当時の日本は中国と開戦する気はなく,間違っても全面戦争を始めるなど考えてもいませんでした.

大陸内の戦いなので基本的に帝国陸軍が中国戦線で戦うことになるのですが,帝国陸軍は明治維新後の

設立以来変わらず仮想敵国はロシア(当時はソ連)でした.

 

日露戦争で勝利しましたが未だソ連は隙があれば南下して日本領土に侵攻してくることは分かりきっていました.

事実,1939年にノモンハン事件が起きています.

ノモンハン事件は当時の満州国の国境を犯して20万を越す大軍が南下して日本軍と戦った事件です.

また,1945年8月15日に日本の降伏(武装解除)が決まったと同時に北方四島に侵略を開始しました.

ソ連の計画では北海道まで侵攻する気だったようです.どちらの戦闘もソ連の思惑通りにはすすみませんでした.

ノモンハン事件ではわずか2万の日本軍に完全に足止めされ日本の援軍が決まったら和平を求めてきました.

1945年の侵攻では1ヶ月を掛けても北海道まで進めず大きな犠牲を出す戦闘になりました.

 

<本題>

さて,日中戦争に話を戻しましょう.

1930年代の中国がどういう国だったのかを理解することから始めないといけません.

 

中国には大別すると3つの派閥がありました.

1つ目が中国を代表する政党である蒋介石の国民党です.

日本軍が戦ったのは国民党軍です.ですから現代の中国共産党とは戦っていないんですね.

ですが,共産党は自分たちが日中戦争(中国では抗日戦争という)戦って追い払ったと風聴しています.

まさに勝者が歴史を作っているのです.

 

そして2つ目が毛沢東率いる共産党です.

日中戦争開始時点では共産党軍は5万程度の勢力でした.

国民党と共産党は仲が悪く内戦状態でした.ですから国民党は日本軍と共産党の両方を相手に

戦争をしていました.毛沢東は邪魔な満州の日本に宣戦布告したりすることで

共産党の支持率を上げて政権を獲得したいという思惑がありました.

 

最後に3つ目に地方軍閥がありました.

この3つの勢力で最大勢力であり実質政権を獲得していたのが国民党でした.

日清戦争時も同じですが中国は国内を平定できていない状態で外国と戦争をしているのです.

 

国民党の蒋介石は日本との戦争を拡大しない方針を採ったが世論が開戦を望むため

次第に戦線拡大,全面戦争という流れは止めることは出来なかった.

蒋介石としては日本軍より先に共産党を潰して国内を統一する方を優先したかったようですが...

 

ですが,中国はまったく日本軍には勝てる要素がありませんでした.

なぜなら,中国軍はとても弱かったのです.

それには明確な理由があるのです.

中国の諺には「良い鉄は釘にしない」というものがあります.

つまり優秀な人材は兵士にはならないのです.

上級指揮官級は海外に留学したり高い教養を得ていました.そのため当時の日本の指揮官とも

さほど差はなかったようです.

しかし,前線に立つ一般兵士は最新式の武器を持たせただけの農民でした.

それも地方から強制連行された農民です.

加えて当時の中国の識字率は10%程度,1948年にGHQが日本の識字率を調べた結果97.9%という

圧倒的な識字率を誇っていたことが分かっている.

近代の戦争では高度な戦術や最新式の武器や兵器を扱えなてれば数の差があっても勝利することは出来ない.

これだけの識字率の違いがあれば中国軍が勝てなかった要因の一つといって間違いないだろう.

 

こんなデータがある.

国民党軍の兵士は252万人,強制連行で連れてこられた兵士1405万人.

戦死した数133万人,失踪者13万人,病死42万人,逃亡32万人,投降50万人.

戦争終結時の国民党軍422万人.

 

計算すると強制連行の途中でなくなったであろう人は965万人にもなるのです.

戦闘で戦死した数より強制連行で亡くなった人がの方が遥かに多いのだ.

 

 

<まとめ>

・日中戦争は中国が始めた戦争だった

・戦争は中国の政権獲得のための手段だった.

・中国兵士は強制連行された農民だった.

 

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