先日は地震の影響で電車が止まってしまった為最寄り駅には行けないので、いつもと違う路線を使い別の最寄り駅からバスを使って出勤することにしました。
 
 
 

 
駅に着いてもバスターミナルはどこも長蛇の列で、いつ乗れることやらと思っていましたが、会社から連絡があり、同僚♂が他に足留めされている他の同僚も合わせて社用車でピックアップしに来ててくれるとのこと!!
 
 
 


 
ありがたい笑い泣き!!  と思い待ち合わせ場所を聞いたら「ガストの前」と。
 
 
 


 

 
 
 
 
 

 
その駅は初めての利用で土地勘がなく、駅前はビルがひしめいていて視界も悪く、パっと見たところガストは見つからなかったので方向音痴の私は一気に緊張感に襲われました。
 
 


 
 
交番のお巡りさんにガストの場所を聞き、「右手の道を抜け大通りに出て左に曲がってしばらくしたら左手にガスト、ガストガストガスト」と呪文のように唱えながら小走りすること1~2分。
 
 
 



ガスト発見!!





そしてお店の前に見慣れた社用車が!!
 
 
 


車に乗った瞬間に安心するとともに感謝の気持ちが炸裂し、運転席にいる甘いもの好きの同僚にちょっとでもお礼できるものはないかと思い探そうとしたところ
 
 
 


 
え、ちょ   待って
 
 
今日、私、ガスト持ってる…
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 

前日にスーパーに行った時、「へぇ~   お菓子メーカーがガストとコラボして作ったんだ~」と気になって購入したのです。
 
 
 


 
大袋入りだったので、家を出る前にいつもお菓子をお裾分けし合う女子4人分だけ取ったのですが、その日はなんとなく1つ余分に手に取りました。
 
 
 



会社の引き出しににお菓子が残っている状態があまり好きではなく、いつも人数分きっかりを持っていくので、余分に持っていくのは私にしては本当に珍しいこと。





お菓子を同僚に渡しながら、





現実世界って、なんて小粋なんだろう…





と思い、キューーーーんキラキラとしました。





これってたぶん、この世界に生きてるってことに対するトキメキハート





私の生きてる現実世界は、これからも小粋な演出をたくさん見せてくれるような気がしてなりませんデレデレ




先日部屋の掃除をした時、「開かずのカンカン」にメスを入れました。






写真が大量に入っている缶です。





大学生の時はまだスマホカメラがなかったので(というか初めてガラケー携帯持ったの就活の時だわ…)、使い捨てカメラで撮っていましたが、何かイベントがあった時には誰も彼も狂ったように撮りまくり、後日には大量の写真とその精算代金の小銭が飛び交うのが常でした。






開かずのカンカンの中の写真は大学生時代のものがほとんどでしたが、1枚につき同じようなショットが4~5枚あってカサが増す原因に。






思いきってバンバン処分していく中、忘れている記憶の多さに驚きました。






この前京都に行った時、

「大学生の時来た時は清水寺寺周辺に絞って観光したな~」

なんて思ってましたが、がっつり嵐山観光の写真あるし!!






「サークルで好きだった先輩とは恥ずかしくて写真取れなかったんだよな~」

って思ってましたが、ちゃっかりツーショット撮ってるし!!







いーーー加減だな~ 私の記憶滝汗  と自分の記憶への信頼がだだ下がりしました。






ですがその数日後、大学時代の恩師の講義を聞いていたところ、記憶力の塊と思っていた恩師でさえ、自分が信じられなくなるような記憶違いをしたという経験を語っておられて、私だけじゃないんだ…と思いました。







結構、記憶って軽いのね…  






と思った私は、だったら望まなかった記憶は書き換えちゃったもん勝ちじゃない!?と閃きました。






わははー!!  ガンガン書き換えちゃおう!!と思ったその日…







父と話をしていたら、唐突に






幼馴染みだった○ちゃんの家の前の坂あるじゃん?






と言ってきて、





あそこでさ、お前5歳か6歳の時転んだんだよな。


でも泣かなかったんだよなー。


スッと立ち上がってさ。


今でも思い出す。






なんて話をしてきました。





特にオチのある話じゃないのですが、





なんだかこの後、やっぱり今ある記憶は記憶で、大切に扱おうかな…という気持ちになったのでした。





自分でも、「今さらそこに感動する?真顔と思うことが結構あります。
 
 
 

 

 

最近すっごく好みのお水を見つけた時。

 

 

 

 

 

 
 
飲むそばから体に染み渡るような感覚がたまらない!
 
お通じも驚くほど良くなった!
 
 
 
 
ラベルを見たら鹿児島の温泉水とのことで
 
 
 
 
それを見た私は
 
 
 
 
「一昔前だったら、地方の温泉水をわざわざ持ってきてもらうなんて、どこかの殿様クラスしかできないよね~  すごいことだわ~」
 
 
 
としみじみ。
 
 
 
 
 
 
別の日に、スーパーで買ったドイツからの輸入品の焼き菓子を食べていた時、
 
 
 
 
 
「舶来品(←)のお菓子を食べるなんて、信長くらいしか出来なかった時代もあったよね~  すごいことだわ~」
 
 
 
 
と感慨に耽ったり。
 
 
 
 
 
しかし本日、信長も成しえなかった(かもしれない)ことが起こりました!
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
ミニミニホワイトボードをゲット!!
 
 
 
仕事中、外線の取次がすごく多いのですが、社員が入れ替わりで在宅勤務をしているので、今日は誰と誰がいない、というのを紙にメモしているのですが、もっとこの作業を『楽しい感じ』にしたいな~とずっと思っていて、「すんごく小さいホワイトボードなんかあったらちょっと楽しくなるな~」なんて妄想していたのです。
 
 
 
 
 
でもすんごく小さいホワイトボードなんてないだろうから、かわいいカードスタンドでも買おうかな、なんて思って探したりもしたのですが、見つからない。
 
 
 
 
 
一昔前はかわいいのがたくさんあった記憶があるのですが、今はとにかく紙を使わないしメモすることはデスクトップの付箋機能とか使うから需要がないのでしょうね。
 
 
 
 
 
そんな中でのミニミニホワイトボード発見!!
 
 
 
 
しかもガチャガチャで200円!!
 
 
 
 
ガチャガチャフリークというわけでは全くないのですが、スーパーに出かけた時に何の気なしにガチャガチャの機械を見たら運命の出会いを果たしたわけですデレデレ
 
 
 
 
コインを入れて、ガチャっとハンドルを1回回しただけで、世の中にあるはずもないと思っていた夢の一品が手に入るだなんて・・・  しかも200円で・・・
 
 
 
 
もはやアラジン級・・・
 
 
 
 
年甲斐もなく、ガチャガチャ特有の丸いケースを握りしめながら、
 
 
 
 
本当にこの世はすごいことだらけだな~・・・
 
 
 
 
と興奮しながら帰途についたのでした。
 
 
 
ハイ、毎日地味に幸せ感じてますデレデレ
 
 
ちなみにこのホワイトボート、キャスターは360度回転するし、ボード面は180度回転できて両面使える本格仕様です!!
 
 
 
 
寝違えたかなんかで首がものすごく痛くなり、その日1日中ロボットのような動きしか出来ず、ものすごく憂鬱でした。





痛めると身に染みて分かるのですが、首ってどの動きをするにしても使うので、夜寝る頃には痛みがひどくなって布団に入るのも一苦労。





ふと、最近「ありがとう、という言葉は波動が高い」という文章をよく目にしたのを思いだし、何もしないよりは良いだろうと両手を首の患部に湿布のように当て、「ありがとう ありがとう」と気のすむまで唱えました。






そして翌朝起きてぎょっポーンとしました。






痛みが激減してたのです。
完全ゼロにならないところがリアル笑




ぎょっポーンとしたってことは効果を信じてなかったってことですよね笑





あまりの効き目に逆に信じられなくなった私は、「たまたまかも…」といったん結論付けました。





その日お風呂に入っている時に、「そうだ、本当にアレが効いたのであれば手首の腱鞘炎にも効くはず!」と思い、左手首を右手で包むようにして「ありがとう ありがとう」と唱えたら、その場で痛みが激減!





仕事中の作業で手首を痛め、ここ3ヶ月くらいある角度になるとズキーンと痛かったのが痛くない…





なんだか怖くなって、「何ヵ月も痛かったってことの方が気のせいだったかも…」とそれまでの痛みをなかったことにしました笑






その翌日の就寝中、「ふくらはぎがつりそうになる気配」(疲れている時にたまにつります)で目が覚め、ちょっと足を動かしたのをきっかけに順調につり始め、クライマックスまで駆け抜けそうになる中ハッと思いつき、ふくらはぎに手を当て「ありがとう ありがとう」と呟いていたら、まるで火が消火されるような感じでシュルシュルシュル~っと痛みが治まったのです…





ここまでくるともう観念しました。





何かがあの手この手で私に伝えようとしている真顔





それが「ありがとう」の言葉のパワーのことなのか、手から発せられるエネルギーのことなのかは分からないのですが、私はきっとどちらもなんだと思うことにしましたルンルン





(手のひらも、初対面のワンコの顔を手で挟んでワシワシしていたらみるみる寝落ちしたので、「なんか手から出てる?」と思ったということもあり)




そしてこれらって全然すごいことではない、とも強く思います。




ちょっと話が飛躍するようですが、今回の件で、人間にはもともとすごい力が標準装備されているのに、あれやこれや考えることばかりに時間をさいて頭でっかちになっていたり、道具に頼って五感を疎かにしたりすることで、その力が弱まったり、そもそもあることを忘れてしまったりしているんじゃないかという気がしました。






そして、もともと備わっている力を、もっともっと取り戻そう!と決意しましたキラキラ





ありがたいことでもあるのですが、仕事の受注が止まらず毎日忙しく、先週は生理前ということもあり、いつもより精神的にイライラしているな~と感じていました。




そんな中、仕事中に社長から




「暑いと思うけど、ここのドア開けといてね。コロナ対策で換気が大事だから。」




と言われ、





 オマっ!!   
 気ぃ確かか!?  
 外35度だぜ!?ムキー





と怒鳴りそうになった私。
※生理前の心の中の言葉使いってこんな感じでございましょう?





古い建物の今の会社は窓を開けることができるのですが、私のすぐ横は外に出入りする為のドアで、そこを全開にするということはほぼ野外にいる状態と同じになります。





オメ、私がどんな状態になるか分かって言ってんのか!?ムキー

※生理前の心の中の言葉使いって…以下同文





と続けて怒鳴りそうになるのもこらえ、





一呼吸おいて、最近よくやっている問いかけを自分にしました。






そんなに怒らなきゃいけないこと?





この問いかけをすると、感情の激流の中にポンっと三角州が出来て、そこに自分を乗せて激流を俯瞰して見ることができます。





これ、怒りの時だけじゃなく、悲しみや落胆を感じた時にも使えます。





そして大抵の場合、自分から返ってくるのは





…そうでもないかも…





という回答。





シュンっと感情の高ぶりが収まり、そんなに○○するほどのことではないと思える理由が次々と出てきます。




今回であれば



・こんな暑い日はあってもあと数日
・ドア開けたところで暑すぎて死んだりしない



等々に続いて思い浮かんだのが、



・結局社長サイドからしたら換気は愛からきた行動でしかない



ということ。




社員のコロナ感染者が通算6名なのですが、夏休み開けに感染した社員3名ががっつり重症化し、社長は社員の為に血中酸素濃度を測るパルスメーターや酸素吸入器を取引先から調達し、日本語が不得意な社員の代わりに保健所とやりとりをしたりしていました。





朝は自宅療養している社員に電話をして、体温と血中酸素濃度の確認をする日々。




今は入院している社員達は全員退院のメドがつきましたが、社長としては




もう二度とこんな経験を社員にさせたくない。という思いでいっぱい。




そんな中できる感染対策はすべて行いたいと思う中でのドア全開令。





社長なりの愛であったか。


んじゃ、協力しましょ




という気持ちにスッと切り替わりました。





日中どんどん気温が上がり、右側からはファイヤーボールのような熱波を、左側からは微かに冷房の風を感じていた私の頭には






「暖流と寒流がぶつかる場所はプランクトンが多く発生し豊かな漁場となります」





という社会の教科書に載っていたであろうフレーズと、マグロの大群が回遊しているイメージが…。




分かりにくいかもしれませんが、





すごくニュートラルな状態でいられた、という話です笑






何があっても結局良い結果に繋がる!!と決めている以上、極度に怒ったり悲しんだりということは理論的には起こらないハズなのですが、たまーに激流に流されてしまいそうになる私の感情。




そんなに○○しなきゃいけないこと?




という問いかけをすることで、格段に舵取りのしやすい状況にもっていくことが出来ます。





しかしまー、ろくでもないことで感情爆発させたりしないで本当によかったですわ滝汗