まさかね。
ブログ再開して二回目の更新がこんな記事になるとはね笑
いや、笑い事ではないんだけどさ…
まぁ、とりあえず先に言っておけば俺自身も俺の周りの人間もみんな怪我とかなくてほんとによかった。
ニュースとか見るかぎり被災者の状況や、死亡者の数とかは他人事にはできないし、ほんとに笑えないんだけどね。
それでも自分の周りだけでも無事だっただけでも良かったと思ってしまうのが人間じゃない?
まだまだ余震も多くて油断できない状況ではあるけどさ、
とりあえず、俺自身の地震発生前夜からの状況をまとめておこうかな。
3月10日
この日は朝から夜までがっつりバイトだった。
特に平日なのに客の入り方が半端なくて死んでた笑
そしてこの日はまだ卒業のショック?から立ち直れず若干へこんでた笑
もう俺卒業したんだな、もうわざわざ連絡をとらないと友達にも会えないのか。
つか新生活俺やっていけるかな。
みたいな笑
そこでしばらく放置してたミクシィとブログを再開した。(ミクシィ復活にも紆余曲折色々あったんだけどそれはまた今度。)
とりあえずネットで繋がってればまだマシかなって思ったわけよ。
んで、その日はネット活動再開させて、今人気の
「僕と契約して魔法少女になってよ!」
のアレを見てから寝た笑
でも次の日は珍しくバイトが夜から少しだけしか入ってなかったから
結局朝方まで起きてた
3月11日
PM2:30
今朝方に寝てかなり不規則な生活リズムになった俺は何回か起きたもののまだまだ眠くて未だに布団の中でゴロゴロしてた。
どうせ今日バイト夜からだしもう少し横になってるかと目を閉じた。
PM2:54
揺れてたのが何となくわかった。
「あぁ、地震か まぁ少ししたら収まるだろ」
シカトしてまた目を閉じた。
…
……
………
ドサァァァァ!!!!
!?!?!?!?
跳ね起きた。
これはヤバい。
壁際にあった本棚からル◯ズが飛び出してきた。
ホ◯とか夏目◯石もこんにちはしてきた。
俺の愛読書達崩壊。
ついでに机の上の所にきれいに整頓してあったファイル類が俺めがけて襲ってくる。
あれほどファイルの角を恐れた時はない。
本能的に揺れまくってピサの斜塔みたいになってる本棚を全力で押さえにかかる。
(当たり前かもしれないが、本当は揺れてる家具を押さえにかかるのは駄目らしい。後から知った。まぁ、ほぼ寝起きで頭が回らなかったんだ。)
ちなみに俺の部屋の本棚は高さは天井近くまであって横幅は俺二人分くらい笑(そして固定されてない)
死ぬかと思った。
これ倒れたら俺圧死するだろ!やべぇやべぇ!
って感じだった。
少しして収まった。
もともとシンプルな俺の部屋は本棚の本と机の上、小物類が多少乱れただけですんだ。
次に母親の安否が気になった。
大声で母親を呼ぶが返事がない。
出かけているのか…
なにか事故や二次災害に巻き込まれてなければいいが。
リビングに出た。
居た。
キッチンのシンクにしがみついてた。
怖さのあまり聞こえなかったらしい。
家全体としては多少家具が乱れていただけで特に大きな被害はなかった。
そして、外に人が集まり始めた。
気がつけば、俺の部屋に満ちていた音楽が消えていた。
電気が止まっていた。
水は出た。
コンロもついた。
しかし電気が途絶えたため、お湯はでず、ネットもテレビも何もかもが消えてしまった。
PM17:00
しばらく携帯をつかって情報を集めた。
自分の元バンドメンバーは全員無事だった。
落ちた衝撃でフィギュアに傷がついてそれに心を痛めるくらいにはみんな余裕らしい笑
そしてミクシィを再開しておいてほんとに良かったと思った。
地元も高校の知り合いもみんな一応は無事みたいだ。
結局バイト先からも連絡がきて休みになった。
営業停止らしい。まぁ当たり前か。
地震の被害は想像を絶した。
こんな言い方は不謹慎かもしれないがもっと軽い物だと始めは思っていた。
しかし電気もつかず情報も不足してるなか終始冷静で居られたのは、結局自分の周りには被害は出ていない。
自分の知り合いは傷ついていないということを確認できたこと、そんなエゴイズムが最終的に精神安定剤になったんだと思う。
PM19:00
部屋は完全な暗闇に包まれた。
恥ずかしいことに母との二人暮らしのなかで地震対策なんてお互い全く考えていなかった。
しかし特に何をすることもなく、よく言えばお互いの部屋で布団にくるまりながら体力を温存していた。
悪く言えば、しばらくすればどうせ電気も復活すんだろ。と思って寝ていた。
ガチャリ
玄関の鍵を開ける音が聞こえた。
「生きてるか~?」
ずいぶんとのんきな声でおとんがやってきた。
おとんが来てからはろうそくをつけておとんの買ってきてくれたカップ麺やクッキーを食べて幾分楽になった。
ワンセグもつけて、おとんとそれぞれの情報を共有した。
考えることはたくさんあった。
こんなときでも、いや、こんなときだからかこの状況を正しく記憶に焼き付けて、できる限り情報を多く取り入れようとする自分が居た。
コンビニの食べ物は全て売り切れ、緊急車両の経路確保などのため、いくつかの道路はつかえなくなり、有料道路は首都高含め多く封鎖された。
そしてその影響でただでさえ増えた一般車両は大渋滞を起こした。
電車のほとんどは運行見合わせになり、復興した後もパンクを起こしまた止まる。の繰り返し。
津波は回数を増すごとに威力と被害を増やし、二次災害は感染するかのように広がる一方。
ニュースの読み上げる数値は少しずつ上昇し、始めは死亡者22人と言っていたのが今現在では1400人を突破したらしい。この数値は未だに増えているのかもしれない。
PM21:30
音が聞こえたような気がした。
ゴーストタウンと化した地元の町が息を吹き返したようだった。
明かりが一斉につき、テレビの音、俺の部屋の音楽が後を追うように聞こえてきた。
明かりがついて、家族も周りの知り合いも余裕を取り戻したようだった。
追々、自分の知り合いの家にも明かりが戻り、
どうにか自分たちはとりあえずの事無きを得た。
どのように言われようとただ一つ自分が言えるのが、自分の家族、知り合い、大切な人が無事だったことだ。
今現在、被災者も多く深刻な状況でこんな考え方は不謹慎だと言われたり反感を買うかも知れない。
しかし今は純粋に自分の周りの無事を喜びたい。
画面越しに伝えられる映像や数値は決して他人事じゃない。
少し運命が狂えば自分がその画面の前で崩れていたかも知れないんだ。
だからこそ、他人事ではないからこそ、自分と自分の周りの人間が無事だったことに感謝すべきだ。
それが自己愛やエゴイズムだというなら甘んじて受け入れたい。
そしてその上で考えるのは自分にはこれからなにができるかだ。
地震の脅威はまだ完全に去ってはいない。
auEZトップページ→災害用伝言板→被災地支援、義援金サイト→東北太平洋沖地震 で105円から募金ができる。
俺はドコモだからできないがauの人は少し考えてくれ。
今日PM15:00
バイト先は昼の間だけ営業して店を閉めた。
川崎だとラゾーナもルフロンもBEも全面営業停止してるのになぜかチッタは営業できるならしちゃってよ!みたいな感じで鬼畜かと思った笑
キッチンのおっさん達は店に泊まったり、ひどい人だと改札で雑魚寝したらしい。
まったく笑えない話だ。
そして家に帰って今この記事を打っている。
とりあえずはこの後も何もなく余震も収まるのを祈るばかりだ。
そしてできることなら次は全面的にふざけた記事を書けるようにも祈るばかりだね
ブログ再開して二回目の更新がこんな記事になるとはね笑
いや、笑い事ではないんだけどさ…
まぁ、とりあえず先に言っておけば俺自身も俺の周りの人間もみんな怪我とかなくてほんとによかった。
ニュースとか見るかぎり被災者の状況や、死亡者の数とかは他人事にはできないし、ほんとに笑えないんだけどね。
それでも自分の周りだけでも無事だっただけでも良かったと思ってしまうのが人間じゃない?
まだまだ余震も多くて油断できない状況ではあるけどさ、
とりあえず、俺自身の地震発生前夜からの状況をまとめておこうかな。
3月10日
この日は朝から夜までがっつりバイトだった。
特に平日なのに客の入り方が半端なくて死んでた笑
そしてこの日はまだ卒業のショック?から立ち直れず若干へこんでた笑
もう俺卒業したんだな、もうわざわざ連絡をとらないと友達にも会えないのか。
つか新生活俺やっていけるかな。
みたいな笑
そこでしばらく放置してたミクシィとブログを再開した。(ミクシィ復活にも紆余曲折色々あったんだけどそれはまた今度。)
とりあえずネットで繋がってればまだマシかなって思ったわけよ。
んで、その日はネット活動再開させて、今人気の
「僕と契約して魔法少女になってよ!」
のアレを見てから寝た笑
でも次の日は珍しくバイトが夜から少しだけしか入ってなかったから
結局朝方まで起きてた
3月11日
PM2:30
今朝方に寝てかなり不規則な生活リズムになった俺は何回か起きたもののまだまだ眠くて未だに布団の中でゴロゴロしてた。
どうせ今日バイト夜からだしもう少し横になってるかと目を閉じた。
PM2:54
揺れてたのが何となくわかった。
「あぁ、地震か まぁ少ししたら収まるだろ」
シカトしてまた目を閉じた。
…
……
………
ドサァァァァ!!!!
!?!?!?!?
跳ね起きた。
これはヤバい。
壁際にあった本棚からル◯ズが飛び出してきた。
ホ◯とか夏目◯石もこんにちはしてきた。
俺の愛読書達崩壊。
ついでに机の上の所にきれいに整頓してあったファイル類が俺めがけて襲ってくる。
あれほどファイルの角を恐れた時はない。
本能的に揺れまくってピサの斜塔みたいになってる本棚を全力で押さえにかかる。
(当たり前かもしれないが、本当は揺れてる家具を押さえにかかるのは駄目らしい。後から知った。まぁ、ほぼ寝起きで頭が回らなかったんだ。)
ちなみに俺の部屋の本棚は高さは天井近くまであって横幅は俺二人分くらい笑(そして固定されてない)
死ぬかと思った。
これ倒れたら俺圧死するだろ!やべぇやべぇ!
って感じだった。
少しして収まった。
もともとシンプルな俺の部屋は本棚の本と机の上、小物類が多少乱れただけですんだ。
次に母親の安否が気になった。
大声で母親を呼ぶが返事がない。
出かけているのか…
なにか事故や二次災害に巻き込まれてなければいいが。
リビングに出た。
居た。
キッチンのシンクにしがみついてた。
怖さのあまり聞こえなかったらしい。
家全体としては多少家具が乱れていただけで特に大きな被害はなかった。
そして、外に人が集まり始めた。
気がつけば、俺の部屋に満ちていた音楽が消えていた。
電気が止まっていた。
水は出た。
コンロもついた。
しかし電気が途絶えたため、お湯はでず、ネットもテレビも何もかもが消えてしまった。
PM17:00
しばらく携帯をつかって情報を集めた。
自分の元バンドメンバーは全員無事だった。
落ちた衝撃でフィギュアに傷がついてそれに心を痛めるくらいにはみんな余裕らしい笑
そしてミクシィを再開しておいてほんとに良かったと思った。
地元も高校の知り合いもみんな一応は無事みたいだ。
結局バイト先からも連絡がきて休みになった。
営業停止らしい。まぁ当たり前か。
地震の被害は想像を絶した。
こんな言い方は不謹慎かもしれないがもっと軽い物だと始めは思っていた。
しかし電気もつかず情報も不足してるなか終始冷静で居られたのは、結局自分の周りには被害は出ていない。
自分の知り合いは傷ついていないということを確認できたこと、そんなエゴイズムが最終的に精神安定剤になったんだと思う。
PM19:00
部屋は完全な暗闇に包まれた。
恥ずかしいことに母との二人暮らしのなかで地震対策なんてお互い全く考えていなかった。
しかし特に何をすることもなく、よく言えばお互いの部屋で布団にくるまりながら体力を温存していた。
悪く言えば、しばらくすればどうせ電気も復活すんだろ。と思って寝ていた。
ガチャリ
玄関の鍵を開ける音が聞こえた。
「生きてるか~?」
ずいぶんとのんきな声でおとんがやってきた。
おとんが来てからはろうそくをつけておとんの買ってきてくれたカップ麺やクッキーを食べて幾分楽になった。
ワンセグもつけて、おとんとそれぞれの情報を共有した。
考えることはたくさんあった。
こんなときでも、いや、こんなときだからかこの状況を正しく記憶に焼き付けて、できる限り情報を多く取り入れようとする自分が居た。
コンビニの食べ物は全て売り切れ、緊急車両の経路確保などのため、いくつかの道路はつかえなくなり、有料道路は首都高含め多く封鎖された。
そしてその影響でただでさえ増えた一般車両は大渋滞を起こした。
電車のほとんどは運行見合わせになり、復興した後もパンクを起こしまた止まる。の繰り返し。
津波は回数を増すごとに威力と被害を増やし、二次災害は感染するかのように広がる一方。
ニュースの読み上げる数値は少しずつ上昇し、始めは死亡者22人と言っていたのが今現在では1400人を突破したらしい。この数値は未だに増えているのかもしれない。
PM21:30
音が聞こえたような気がした。
ゴーストタウンと化した地元の町が息を吹き返したようだった。
明かりが一斉につき、テレビの音、俺の部屋の音楽が後を追うように聞こえてきた。
明かりがついて、家族も周りの知り合いも余裕を取り戻したようだった。
追々、自分の知り合いの家にも明かりが戻り、
どうにか自分たちはとりあえずの事無きを得た。
どのように言われようとただ一つ自分が言えるのが、自分の家族、知り合い、大切な人が無事だったことだ。
今現在、被災者も多く深刻な状況でこんな考え方は不謹慎だと言われたり反感を買うかも知れない。
しかし今は純粋に自分の周りの無事を喜びたい。
画面越しに伝えられる映像や数値は決して他人事じゃない。
少し運命が狂えば自分がその画面の前で崩れていたかも知れないんだ。
だからこそ、他人事ではないからこそ、自分と自分の周りの人間が無事だったことに感謝すべきだ。
それが自己愛やエゴイズムだというなら甘んじて受け入れたい。
そしてその上で考えるのは自分にはこれからなにができるかだ。
地震の脅威はまだ完全に去ってはいない。
auEZトップページ→災害用伝言板→被災地支援、義援金サイト→東北太平洋沖地震 で105円から募金ができる。
俺はドコモだからできないがauの人は少し考えてくれ。
今日PM15:00
バイト先は昼の間だけ営業して店を閉めた。
川崎だとラゾーナもルフロンもBEも全面営業停止してるのになぜかチッタは営業できるならしちゃってよ!みたいな感じで鬼畜かと思った笑
キッチンのおっさん達は店に泊まったり、ひどい人だと改札で雑魚寝したらしい。
まったく笑えない話だ。
そして家に帰って今この記事を打っている。
とりあえずはこの後も何もなく余震も収まるのを祈るばかりだ。
そしてできることなら次は全面的にふざけた記事を書けるようにも祈るばかりだね