テレビの映像で気になる事がありました📺️
先日(民放)テレビを見ていると、天皇やその親族(皇族)に対して『○○さま』なる呼称がありました。(○○さまが○○会議に出席、○○さまががお言葉を述べられた、など)...。
テレビに限らず新聞や週刊誌などでも同じような呼称があります。
一方で、ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手の活躍を報じる(女性)アナウンサーのコメントが『ドジャースの大谷が○○号のホームラン』を打ちました』などと紹介していました💬
これって何だか可笑しいですよね!
テレビの画面で人の名前を呼び捨てにして、何の呼称もない...。せめて「大谷さん」「大谷選手」などの呼称があっても良い筈なのに、(テレビという)公共放送の中で名前を呼び捨てにする...何だか違和感を覚えます。
一方では「○○さま」などと、いかにも仰々しく呼称する...まるで同じ人間ではないような扱いですね。こんな風に感じるのは私だけなんでしょうか?🤔
皇族の存在を別次元に考えているのか?あるいはテレビ局の方針なのか?は判断出来ませんが、私には「違和感」しかありません!
国会議員を「先生」と呼んだり、少しでも位の高い人に対して「媚」を売ったり「忖度」したり、地位や学歴・家柄などで人間を判断したり、まるで日本の「悪しき姿」そのものですね😥
人間って(人間の存在って)何でしょうか?
人間って一人一人個性があり、育った環境があり、それぞれにその人の人生があります。皆が一生懸命に生きて暮らして、命を繋いでいます。
そこには身分の差も(人間としての)何ら区別がありません。
先日の何気ない出来事、言葉の使い方を目にして、ふと『そんな思い』が沸いてきました(笑)
今の日本は「差別」「区別」が蔓延っています。目には見えなくても水面下での『ヘイト』は数限りなく存在します。
今の政治や社会を見ていると、(経済弱者や立場の弱い人々が)何だか追い詰められて切羽つまった現実ばかりが目に見えて来ます。
「優しくて思い遣り溢れる社会」を作り出すためにも、今一度自らの言動を振り返り、見つめて直すことが必要だと感じます
これからの子供たちの未来や、日本のあるべき姿を模索すると、光は見えて来ません。
こんな風に感じるのは私だけなのでしょうか