ハウスキーパーズグラフィックス -2ページ目

ハウスキーパーズグラフィックス

kawagoe isehara House Keepers Graphics

今日は主夫業の休日である。
僕の戦争も、活動を限定したかたちで
哨戒活動のみのゆっくりとした流れである。

昨日は外交活動、
義理の両親との懇談の日であった。




僕にとっては、天皇陛下ご夫妻との謁見に近い出来事でもあるが、
いつものマチョッパーズ履きで赴いたのではあったが、

内政の報告、所見の交換、今後のフォロー関係の確認、などが行われた。

また、陛下のお車で都幾川へと足を伸ばしての昼食と、
中山間部川沿いにあるKuma’s Cafe にて、
とても美味しい水だしのアイスコーヒーを御馳走になった。

写真がないのが残念だが、写真を撮る体勢というのは、
ある種僕の視覚的飢餓感のあらわれでもあり、常に臨戦状態はとれない、

それが僕にとっての天皇夫妻と同行となればなおさらである。

また、写真に撮る余裕が無いほど、
僕は「目で視る」「味に耳をすます」ということに集中してもいた。

そのカフェは、一筋縄ではないことが一見してわかる、オープンエアーの店構えで、
店内は、間口が一間、奥行きは二間半程度で、中央には絵本などの平積み台があり、
客席はカウンターの数席のみである。

自然、店主と対面して、対話するスタイルの店だ。

両親の注文で最初にいただいたのは、
ミルクのかかったコーヒーゼリーのような爽やかな酸味苦みに濃厚な甘さが冠る、
たぶん定番メニューなのだろう、氷はロックアイスで、
口当たりが心地よいアイスコーヒーだった。
大容量のカクテルグラスで400円。お値段以上である。

訊けば水出しには8時間をかけるそうだ。
まさに絶品、これぞ逸品!などという、これも定番コメントが頭をよぎりつつ、
ひたすら味に耳をすます。本当に美味しい。

その後、同席した義母から菓子工房MOGのロールケーキ、
もう一杯のコーヒーを勧められたので、メニューを見て、
僕は「コスタリカサンセット」の名に惹かれ、それをありがたく注文した。

じゃああたし達もそれにしようかしら、と三つをオーダー。

Kuma’s Cafeの店主「おやじ」さんは、
例えるならば、ジブリの映画「耳をすませば」に登場する
地球屋の西老人を長身にしたような雰囲気の人物で、
かつ、西老人より少し屈折したユーモアの持ち主にも感じられる、
とても話しの分かる初老のおやじさんだった。

ほどなくブルーベリージャムのかかったロールケーキと、
琥珀色のコスタリカサンセットが3セットカウンターに並んだ。

コスタリカとは、ググル先生に依ると

…中央アメリカ南部に位置する共和制国家である。北にニカラグア、南東にパナマと国境を接しており、南は太平洋にに、北はカリブ海に面している。首都はサン・ホセ。
1949年に、常備群を廃止する憲法を成立させ常備軍を持たない国となったが、同じく憲法によって非常時徴兵を規定している。
チリやウルグアイと共にラテンアメリカで最も長い民主主義の伝統を持つ国であり、中央アメリカでは例外的に政治的に安定が続き、かつ経済状態も良好な国家であったが、1990年代以降は麻薬の横行により治安の悪化と社会の不安定化が進行している。

…となっている。

過去親しかった友人のコスタリカ旅行談が頭をよぎる、
陽気で安定した国、そんなイメージを印象として持った。

麻薬の横行と云うが、
これはすなわちアメリカのなんらかの関与に依り醸成された、
なにごとかであろうが、
ともかく、そんなことは、いまここで、どうでも良い話しだ。

おやじさんの説明によると、
コスタリカはコーヒーの生産によって経済的な基盤を築いているが、
そこにアメリカの資本に頼る事をせず、独立に際しても同様であったそうだ。

コーヒーの味は、先ほどのゼリーのような甘美な旨味の奔流とは対照的に、
甘味も酸味も薄く、渚の如く、爽やかさのさざ波が、限りなく微妙なグラデーションを描く、
そんな印象だ、つまりはコスタリカのサンセットとはこんな感じなんだな、
と想像力を刺激するタイプの味だ。

そして、おやじさんの隣で菓子工房を営む娘さんの作ったロールケーキも、
まさしく世界無敵の味わいであった。至福とはこういうお菓子の形もとるモノでもある。

僕は、この店が、いわゆる、サードウエーブコーヒーショップなんだな、と察して、
その話題を出したところ、おやじさんの顔に『うむ』という表情が浮かび、
話しがそこをキッカケに乱反射して、四人の会話に花が咲いた。

サードウエーブコーヒーショップについては、
livedoorニュースに概要を見つけたので、それを引用する。

曰く

“現在、アメリカでは「サードウェイブコーヒー(第3の波コーヒー)」と呼ばれる新しいトレンドが出現している。第1の波は60年代、アメリカに一気にコーヒーが定着した時代を指している。この時、アメリカに普及したのが一般的にアメリカンコーヒーと呼ばれる、焙煎の浅いコーヒーだった(日本ではアメリカンと言えばお湯を足して薄めたコーヒーのことを指すが、実は本家のアメリカンは薄めてなどいない。ちなみにお茶代わりなので、スタバのトールサイズ350ccに該当するマグカップに入れてガブガブ飲むのが普通。結構旨いのだが、日本では滅多にお目にかかれない)。第2の波は80年代にやってきた。スターバックスを代表とした、いわゆるシアトルコーヒーがそれで、これは焙煎の深いエスプレッソを薄めてアメリカンコーヒー並みの容量にしたもの(前述のトールサイズ)。これが、もはやアメリカどころか、日本を含む世界中に爆発的に普及したのは、どなたもご存知だろう。
そして今回の第3の波の出現。これはコーヒー豆を厳選し、鮮度も徹底管理し、なおかつバリスタが手差し(ドリップ)で一杯一杯淹れるという、本格的グルメコーヒー(ちなみにシアトルコーヒーは出現当初「グルメコーヒー」と呼ばれていた)。で、第2の波と同様、これも現在、日本にも入り込んできている。 ”

となっている。
またこの記事の筆者は

“この第3の波は第2の波と同様、日本にブームを呼び起こすんだろうか……う~ん、ちょっと難しいような気がするのだが?”

と書いているが、この見解について、いまここでは、何とも言えない話しだ。
なぜならこのムーブメントは、そもそもブームとして
流行するような性質ではないと思えるからだ。

件の記事の筆者はさらにこうも書いている

“で、実を言うとこのサードウェイブコーヒー。もともとは日本の喫茶店文化に感動したアメリカ人がそのスタイルをアメリカで展開したものだという。ということは、アメリカでウケるこのカテゴリー、日本では限りなく差異化が難しいことになる。”

ふむふむ、そうなんだろうな、きっと。

例えば同行の両親の感覚によれば、サードウエーブっていったって、
それは彼らお二人が実体験として知っている事とか、自分の足で見つけ、
何度か足を運ぶこの店、そのものであって、
それがムーブメントとしてどうこう、というようなタイプの話しではないわけだ。

また義父がこんな事を言った、

銀ブラっていうでしょう?
あれを今の人は、銀座でブラブラすることとして捉えているようだけど、
そもそもの始まりは、銀座でブラジルコーヒーを飲む、という事の謂いなんだよ。

僕は、へーーーーーーっ!!!と関心した。

そしてそれは、彼ら世代の経験でもなく、
僕にとってはお婆さま世代、大正時代に発する話しなのだそうだ。
これこそ、世代間で伝わる生きた、あるいは生きていた情報の歴史的継承だ。

なんにせよ、経済先進国、とりわけそのなかでも日本人は、トレンド、モード、流行、
または、初もの、最新、舶来品と認知されるものには一定の興味を示す。
過去、鉄砲伝来の時代、銃火器保有数の、最も多かった国は、
他ならぬ日本であった事に、それは顕われてもいる。

そしてその流れが、なぜか、俯瞰してみれば回帰線を辿ってる、
少なくともコーヒーの世界ではそれが起き、認知され始めている、
というのは面白い現象だと思った。

都幾川でコスタリカの夕日を視るが如くにである。




セカンドウェーブコーヒー、
すなわちそれを代表するスタバは、孤独な礼拝堂のような場所だが、
サードウェーブとはすなわち、おやじから、何らかの知的伝導や継承を伴う、
人同士の濃密で対話的な交流を含む場所だ、と理解できる。

サードウェーブコーヒー・ムーブメントの仕掛人と言われるジャック・ドーシーは、
ツイッターの創始者の一人でもあり、
現在、亡くなったスティーブ・ジョブスの次の世代において、
新しいカリスマと目されてもいるという。

彼自身の意図は、サードウェーブコーヒーショップに於いて、自らが開発した
モバイル決済システム・プロダクト『Square』を伝導することにもあるらしい。

『Square』について詳しくは、ググル先生にってとこだが、
それは、個人から個人への交易を活性化する小さな革新的なツールである、と
喧伝されてもおかしくはない感じを持っていたりもする、
しかしながら実際、現時点で僕とはとりいそぎ関係ないような気もしている。

それはいい。

それはおそらくアメリカの広域に点々といると思われる
孤独な、隠れた、一期一会の需要を耕していくだろう。





続いて僕は、
内子町から帰ってきてからこっち、
歴史に対する興味が俄に芽生えた、と前置きして、
ひとつの話しをした。

僕の住む川越の歴史についてである。

前にも書いた事だが、僕は四国と九州で幾人もの農業従事者の知人を得た。
それぞれに、自分のライフスタイルを模索して真面目に生活に向き合う人々だ。

僕が思うに、自らのライフスタイルの創出ほどクリエイティブなものは無い。

それはヒトの行うこと全てを包括するしそれらを統合する概念だから、
まず早計な認識と却下できるヒトはいないはずだ。

事実、彼らの行なう農業は、
農協との関係の枠外に位置する事、
すなわち、農協から指導を受け、
農協の推奨する方法に則って、
農協の販売する薬剤や農耕器材によって行なう「産業」ではなく
あくまで生活を支える自給自足を目的とした、できるだけ自然なやり方、
もっと分かりやすく言えば、
ヒトの手のかからない方法で収量を得ようとする、
自然農法に基づく場合が多い。
ヒトの手のかからない、というのは、
逆説的に、ヒトの手のみに依って行なう事でもある。

僕の兄に依れば、農協とは、その地域において、総合商社と同じであるらしい。
極論、麻薬以外はなんでも扱う、とまで言っていた、
そして、ふつうに生産者として、買い手を得る為には、まず、農協を通さない限り、
不可能な話しでもある、らしい。

だから、ある意味で、いや、実生活において、彼らの自然農法とは、
既存の産業システムに対する、反乱者の態でもあるわけだ。

そしてそういう人々は四国や九州に限らず、当然武蔵の国にもいるはずだと考え、
ググル先生に、「 川越 自然農法 」で教えを乞うたことがある、
一ヶ月前になる話しだ。

そこで検索に引っかかったページは、
エバーノートにクリップしておいたものを改めて視ていま気付いた事だが、
以前にも記事にとりあげたリチャードコシミズ氏の記したものだった。

そのブログとコメント群から一部編集を加え圧縮した知見を、
西のおやじさんと二人の両親に披露した。

内容は以下である。

現在、市場に出回っている野菜は、品種改良や生産性を優先するあまり、
化学肥料や農薬を使用しているため、およそ健康的な野菜とは言えない。
コストカットや生産性、売り上げを優先するあまり、本来野菜が持っている栄養素は失われ、
安くて手軽に食べられる分たくさん食べても、それほど健康的とは言えない。
理想論を言えばキリがないし、本気で有機農業をやれば野菜の価格は今の5倍くらいに跳ね上がるだろう。
だけど、江戸時代は完璧にできていたのだ。

幕末の日本において米の反収は 200kg/10a で人口3000万人を養っていた。
江戸の人口は100万人を超えており世界一の大都市であったのだが、
大きな伝染病の流行はなかった。
糞尿をきちんと処理していた証拠だ。
江戸の長屋ではウンコと尿は、それぞれ業者が引き取りにきて、
それなりのお金になり大家の利権でもあったそうだ。
江戸は「都市」というイメージとは違う美しい田園と共存する風景であり、
外国人にとっては日本の姿は驚くべきものであったようだ。
敗戦とその後のオリンピックから露と消えた糞尿農法。
今ならばより衛生的で不快感の薄い姿でリバイバルできるのではないか。

大川(隅田川)とその上流の新河岸川は江戸の糞尿を
武蔵の国(川越など)に運ぶのに利用され、
江戸中心部から川越の市街まで船が通っていた。
糞尿とともに江戸の文化も川越に運ばれたのが、
今日、川越が「小江戸」と呼ばれる所以である。
川越藩は、「江戸の守り」の役割があったから、
家康の次男・結城秀康の系譜が殿様として幕末まで君臨していた。
さて、その川越あたりは、サツマイモの名産地であるわけだが、
1735年に青木昆陽が「飢饉対策」としてサツマイモの栽培を幕府に進言して、
川越にも定着した。
将軍家冶に川越藩主がサツマイモを献上して絶賛され、「川越いも」と命名されたそうだ。
そのサツマイモの栽培用に江戸から糞尿が運ばれたようだ。
これが、「栗よりうまい13里」の発祥である。川越は江戸より13里の地にある。
肥料としての糞尿は、数十年前まで利用されていた。
東上鉄道(のちに東武の根津嘉一郎の傘下になった。)も堤康次郎の西武池袋線も
汚わいを埼玉に運ぶのに盛んに使われた。
戦争に入ると都市部の汚わいの処理が人手不足で滞り、
改めて汚わい電車が活用された経緯がある。
私RKは、この「元汚わい鉄道」に今でもお世話になっているわけだ。
この大都市の糞尿を利用した農業は、
実に、滋養に富んだ農産物を生産する結果となったわけで、
おそらく、江戸時代の江戸町民、戦前戦後の東京都民は物凄く旨い野菜を
食していたであろうと思う。
それに比べ、現代の化学肥料と農薬に立脚した
「生産性最優先」「手間暇省略コストカット戦略」の農業では、
ミネラル、ビタミンが欠乏した農薬まみれの「不健康野菜」しか生み出せない。
本当の有機農業の復活は、国民の健康回復の切り札である。
健康食品も健康器具も「安心食材」に替わる手段とはなりえない。

以上が僕が知る事になったリチャードK氏の著述の内容である。
それらの知見を披露した上で、僕は自分の考察として言った、

だから、おそらく川越とは、
川を使って肥を運ぶ土地ということから、
かわごえ、となったのであろう、

と。

僕は、思うほどの爆発的リアクションは得られなかったものの、
これは三人の人生の大先輩たちに対して、
実に、ふんにゃり、としたインパクトを与え得たようにも感じた。

義母は、
まあ本当かどうかわかるものではないけど、あなたらしい新説だわねぇ~
とあきれたように淡く笑った。

義父は、
そう言えば、と

江戸前寿司ってやつは、
いまの東京湾に一部廃棄されていた糞尿を餌として
集まるようになった魚を使ってたんだってよ、と言った。

いわば東京湾は、糞尿を餌とした養殖場でもあったのか。

つまり100万人の人類が放つ糞尿は、それなりに自然界を循環していたわけである。

西のおやじさんは、なんというか、気の遠くなるような表情を浮かべてもいたが、
その前説の知見については、おおいに刺激を受けたようで、
実際、彼自身も、現在の生産性と売り上げ重視の一次産業の有り様には、
なにごとか、もの申すべきと感じるヒトの一人でもあり、
戦後食産業の様々な功罪の例を挙げた後に、

そもそもそのような事態を許したのは
他ならぬ自分たちの世代だという
自責の念もあるんだよな~

ということをおっしゃり、
僕の両脇に座る両親も、

そうなんだよ~
我々の犯罪だし罪だよねえ、、、と同調した。

そこで僕は、図らずも、
三人の犯罪の自己申告者に囲まれることとなり、

そ…それじゃあ、僕はまさしくあなた方の被害者なのですね…

と自認を迫られる形となったのが可笑しく、
そこではみんなが笑ったのでもあった。

その後、僕は西のおやじさんから、
近隣のどこやらで、
自然農法とやらをやってるヒトが催す日曜市があるよ、
との情報を得る事にもなった。

都幾川は、いせはらからは、車でも随分足を伸ばす距離にあるので、
機会は限られるだろうが、
ともかく埼玉にもそのようなクリエイティブに取り組んでいる人たちの存在を
感じることのできた土曜の午後であった。













諸行は無常

だとしたら

愚かな行為もまた
常ならぬのが理のはずだが

はたしてそうなのだろうか?

ZAZEN BOYS の向井秀徳は歌ってる

繰り、繰り返される諸行無常、蘇る性的衝動とうとう、、と

ググル先生にもこの質問は曖昧すぎてすぐに答えの出せるものではないので、
慰みでヤフー知恵袋に投稿してみる事にした。

回答はまだついていない、ただ待つのみである。




さて、僕は昨日からリビングのクローゼット整理に着手した。

件のそれは、幅80cm、高さは210cmほどであろうか、
アコーディオン式の片引き戸を開けると、
奥行きは58cm、棚が4段ありその底面には手前に一尺ほどの空き空間がある。

今日はリビングのクローゼット整理するよ、
とヒトに伝えても、何それ?どこのことですか?
と言われるが如く、そこは随分の期間、開かずの間であった。

いや、開けてはいたが、
それは手前一尺の空間に収納された掃除機を取り出すときに限られていた。

その背後の棚、それは大雑把に「モノ」としか表現できないモノが
ぎっしり詰め込まれた状態にあった。

つまり機能空間ではなかったということである。

かつて、そのアコーディオン引き戸の手前は、
ゴミ箱と段ボールにつめこまれた掃除用具が
昼寝中のネコの如く鎮座していることが常態であったため、
それを開ける為にはそのネコ様を脇にご移動願い、
しかるのち引き戸を開けて掃除機を取り出し、
掃除機をかけた後には、
ネコがそうするようにのそりのそりと元の位置に戻り
昼寝を再開することになる。

家、というひとつの閉鎖空間の中では、
様々な非合理性がそのまま放置され習わしとなることもしばしばであるようだ。
かように無駄な行為がボトルキャップ化したシジフォスの神話のように
繰り返される習わしの類いは、
もしかしたら、各御家庭ごと、それぞれ様々に、あるのかもしれない。

実際、ネコ様が居座るのは、掃除機が頻繁には活躍していない証拠でもあり、
必要がないから不便がない、という理にもかなっている。

二年間顧みられる事の無いモノは不要品だ、などという。
その尺度で言えばおそらくそのなかにある物は、全てがゴミということになる。

ヒトはゴミと自分が思う存在に長時間堪えられない。
だからそれを忘れるという能力を引き出し、それを有るけど無いモノとするのだ。

それはまず僕自身が良く知っているヒトの心の作用である。

ただ、僕は現在、主夫として家に常駐しているわけだし、
いまこの時間を、大げさに言えば人生の清算のための貴重な時間的猶予と見なしており、
一日の大半をそれら放置空間との格闘に費やしているので、
当然、この中も、然るべくなんとかせにゃならんのう、と思っていたわけだ。



主夫業とは戦争である。

少なくとも自分との戦いだ、
それは僕、すなわち自分がそう思っていることからしてそうなのである。
そのことは誰にも邪魔できない僕の見立ての世界だ。

その戦争の目的は、ひと言で言えば、新秩序の樹立である。
古いモノ一切を放擲し、
いまここで必要なものだけが呼吸のように行き来する、

それこそが人間の正しい伝統と言うべきだろう。

しかるに僕の政治的な立ち位置は北軍であり、尊王攘夷でもある、
かつ偏にこれは、革命である。

イル・ボスのライムにもあるように、
革命の純血に支配欲が混じる事が無いとは言い切れないが、
この行動の純粋さを僕は信じる。

変えたい

それだけだ。


さてその戦争の進捗情況である。

洗面所、便所、キッチンなど水回りと御ミセスコーナーをほぼ制圧、新制度を運用中。

リビングの四隅に橋頭堡を築き、
回収物資をコンテナに詰めて監視中。
随時ブックオフ集荷買取リサイクル隊に委譲している。
視察団を送り込む事も出来たというところだ。

玄関もようやく箒が入れられるようになった。

僕の部屋、すなわち師団本部は、
相変わらず忙しく移送される物資の選別と一時保管場所でもあり、
とっ散らかったままであるが、
中心にあるiMacを介して営々と今後の経済の見通しと
関係国との信頼関係も作られつつある。
近くベッドを解体してさらにスペースを拡充予定である。

廃棄をまつ物資は、一時的にベランダに積載している。
庭においても一度大きなアタックを実施し、
対象の規模は、だいたい把握できたと言える。


この作戦は、あらゆる作戦行動がそうであるように
純粋な作戦行動としてのみ進行するわけではない。

兵隊の配備は、その生活を支える、衣食の賄い無しには有り得ない。

それは、過去、押井守氏がパトレイバー2のノベライズ「TOKYO WAR」で
詳らかに描写を試みた実際の姿である。





この本、ご存知の方がおられればピンとくるであろう。
様々な経緯から、自衛隊が東京都内のテロ対策の名目で治安出動した時の描写のことだ。

なかば警察機関に対する自衛隊の空威張りがキッカケで起きた出鱈目な出動は、
充分な準備があっての事ではなかったため、
隊員達は都内各所の日常風景の中にあって、その食事や洗濯、
または排泄にと、俄に事足りない事態に陥る、というものだ。
しょうがないので、手近のコンビニで弁当を買い、トイレを借り、
公園の水道で給水したり、、、
なにぶん昔に読んだ本なので記憶もおぼろげだから、
やや正確でないかもしれないが、
そんな感じだった、たぶん。

加えて、昔の戦の実際、または近世における戦争において、拠点を攻略する事は、
すなわちその拠点にある食料を略奪することを含んでもいた。
中世の日本では、秋の稲刈りの時節に対立する他の惣村に攻め入って、
稲を刈って奪うという、刈り田狼藉などという事もあったと聞く。

つまりそうなのだ、
兵隊は、いつも弁当持参で戦っていたわけでは決して無い。

それと同じで、作戦の進行中にも、
食料調達、調理、器材メンテナンス(洗い物ね)洗濯、回収(洗濯物を畳む)
などのメインサイクルは止まらないのであるから、
作戦行動、ひいては戦争も、実生活と同様、一筋縄ではいかないのである。

しかし状況は確実に進展している。

その先には、一番の要塞である寝室がある。
セミダブルのベッドが二つ、大きな衣装箪笥が二つ、ライティングビューローなどが
まるで1950年代の核ミサイルのようなものとして、僕の意識の中に、
どっすんと重くのしかかっているのではあるが、とりいそぎ、
ノルマンディー侵攻をキッカケとすれば、パリの解放戦線はほぼ完了しようとしている。

それに向けた、最後の戦い、
それが幅80cm、高さ200cm程度、奥行きは58cmのクローゼットで
いま展開されているのである。

完遂したところで僕の溜飲が下がる事はあっても、
ゆめパリジェンヌのキスなどは待ってはいない事はあらかじめ知れてはいるが、
これはストイックな男の戦いなのである。



さて話しはやや唐突だが、
これも個人の頭の中でおきることの実際の流れだ。
戦線描写から大きく横道にそれる事にする。


過去の日本の現代美術に「もの派」と呼ばれる作品群や
それをとりまく言説があった事をご存知で、
かつアメブロを読んでいるヒトの数は、
けして多くはないだろう。

かつてそういうものがあった。

その発端については、ググル先生に依れば、

1968年に関根伸夫が『位相—大地』を発表し、
李禹煥(リ・ウーハン)がそれを新たな視点で評価し、
理論づけたことから始まる。

となっている。

僕自身はそれについて、写真や書籍などでしか、印象を語り得ないのだが、
多摩美術大学在学当時、関根伸夫さんの『位相—大地』を撮影した写真を視て、
そこに、じわじわとただならぬ気迫を感じたのを覚えている。


また、李さんは多摩美の教授でもあった。






李さんの作品にも、それをなんというコトバで言えばいいのか、、、
途方に暮れるようなある種の『気』がそこに充満しているように感じたものだ。
ご自身の革命ゲリラの将校とでも思わせる風貌からの畏れもあり
ついぞお話しする機会が持てなかったのが残念ではあった。

それはともかく
『位相—大地』である









これは1968年10月に、神戸の須磨離宮公園において
作家自身とその仲間の手で制作されたときの写真だが、
固定されてそこに居座るか売買の対象になる『作品』という枠組を逸脱しており、
かつ、土地の平坦さが前提になるとはいえ、
各所に再現できるものでもある。


実際最近では2008年に「多摩アートラインプロジェクト」という催しに際して
田園調布せせらぎ公園で再現されてもいる。


即物的に説明すれば、深さ2.7メー トル、直径2.2メートルの穴と、
そこで発生する土砂層をそのまま全く同じ高さ、直径に固めて作られた土の円柱で
作られている。


僕がいまこの時点でこの作品を他のヒトへ向けて
より肯定的な視点で説明するとしたら、
地面というモノの下にあるモノを、陽光の下に即物的に取り出し見せる事で、
地面というモノ、存在にたいしてより新しくより高解像度な意識を
提示してみせててそこがスゲー、というだろう。

風呂敷を開くようにサラッと、と表現をつけ加えてもいい。

さらに例えれば、
たぶんヒトは散歩中に、今自分が踏みしめている地面を、モノ、とは意識していない。

その無意識の領域にある「モノ」を、土砂、または地層という「物質」として見せることで
ある種の衝撃を、これ以上無い単純さで放つ、
この「作品」であり、その「行為」自体であり「企図」といったら、
思いついたらやりたくなっちゃう、というこれもヒトのもつ「欲」の姿である。

それが何の装飾も意匠もなくただそこにある、というところが、
グッと来るポイントでもある。


僕は今これをアートとして再評価し、
ヤベーよスゲーよもの派キテるよ~
とか、喧伝したいわけでは、微塵も無いが、
ひとつココから取り出したいのは、
無意識が意識化されるという、「識」の「相転移」という概念である。

相転移とは、一例として、水という安定した状態にある物質が、
熱の高い低いに依って気化したり、氷結したりと変異することを指す。

つまりゴミという物質に対する視線においても同様である、
とだけ伝えたかったのだ。


そんな事を思いながら、僕は一度棚にあるモノを
あらかじめ整地されたリビングの床に吐き出し、
ひとつひとつ分別し、すなわち、ひとつひとつに「物質」としての認識を加えていった。

それは、プラか、燃えるか、紙か、ビンか、缶か、

必要か、必要でないか、と判断も加味しながら、
それらを分類し、然るべく処する。

そこに一切情緒を持ち込まないということはとても重要な態度である。


関根さんも、1968年当時、手掘りで『位相—大地』を制作していた時、
シャベルでひたすら穴を掘っている最中に、

オレ、なにしてるんだろう?バカじゃね?

などと考えている余裕は無かったはずである。

何らかの葛藤があったかどうかは、
関根さんご自身の心にしか分からないし、
他人が詮索すべき領域の話じゃあない、


しかし、いまここ、この作戦において僕が対峙しているのは、大地ではない。

それは全てヒトの作りしモノである。

もっといえば、ヒトが買い求めしモノである。

金銭と引き換えに譲渡され、
商品という複合的な物質が売り手から買い手に移動する過程で、
本質的にはなんにも必要ないモノをどれほど巻き込んでいるか、
という有様を、そこで僕は有り有りと目撃するのである。

読まれる事も無い細かな文字が印字されたマニュアル、リーフレット、
使い道が限りなく短命であった備品、コンデンサー、エトセトラ、エトセトラ、、、
しかもそれらはご丁寧にプラで包装されてもいるのだ。

今初めて開封したモノさえ含むそれらを、
プラとその他にそれぞれ分別する作業はヒトの心ではもはや不可能と思われた。

そこにいたのはヒトではない
それは分別の鬼であった。

さらにそれらには、単なる物質ではない、本質的には無形の
「イメージ」という「モノ」も含んでいるし、
そのイメージには、少なからず、ヒトの希望や夢という「モノ」も係っており、
ヒトを懐古的にさせる思い出という「モノ」も一部死滅した態で張り付いてもいる。

死屍累々というが、もはや作業は死闘の様相を呈してもいた。

その作戦は、今日さきほど終了した。

そして、必要なモノは、全体の3%にも満たなかった。

それはいい。

それだけ身軽になったということなんだから。

ラベルを張られ整然と空間にハマった段ボールは
それら全てが必要であるわけではないが、
少なくとも無意識の詰まった抽象的なモノでなく
意識された明確な「ゴミ」へと相転移を遂げたのである。

そして、じき回収日が来よう
そうすればココも豊かな書庫となる
デッドスペースも呼吸する場所に戻ろう


僕は作戦終了後、激戦の後、休息する兵士の心境で、
エコーをくゆらせながら、ぼんやりと二つの事を考えていた。

ひとつはスティーブ・ジョブス氏の偉大さのスケールについてである。

なぜなら、彼はソフトビジネスやそれを取り巻くプロダクトビジネスにおいて
商品としてのモノの有り様をほぼ極限まで圧縮したのだから。
現に今、僕がエバーノートに考えを記すのに使っているiMacとiPhone5に、
歴然と実現されている。

そしてそれは1988年にアップルが打ち出したナレッジナビゲータというコンセプトの
ひとつの結晶であることは、いま改めて思い当たった事実だ。

過去は未来、って感じがしたという

それがひとつ。


もうひとつは僕の兄が言ったコトバである。

僕の兄は共産党員である、そしてバイク乗りでもあり、
さらに行政の職で働いてもいる。

彼が内子のリビングでなんとなく言ったコトバはこうであった。

最近なぁ、思うんよ、
日本のモノ作りの技術は凄い、
日本のおもてなし文化は尊い、
日本人の繊細さは他国の追随を許さない、
それは揺るぎない価値であるじゃの、
なんじゃの、かんじゃのと、、、
いまさらのように日本の優秀性を喧伝しよる
テレビやコマーシャル、
あれは一体なんなんじゃろぅな?

確かにそれは僕もいまこの時改めて、なんなのだろう?と感じるし、
ちょっとすでにうざいレベルだし、そもそも民放は視ないし、
視るのはお昼のNHKニュースだけで実際充分だし、
僕は日本人で日本語を解する地球人であることも変え様の無い事実だが、
いい加減オレには関係ない、といいたい気分だ。

もちろんこの二つの考えを並べて、
やっぱアメリカってスゲーよな、日本て結局こうなんだよな、
などと自虐論を呈する意図は毛頭ないし正確でもあり得ない。

歴史を振り返っても、事実、ゼロ戦はまごう事無くかっこよく、
それは後にグラマンに劣勢を強いられたとはいえ、他に紫電改や震電など、
歴史的に新しいコンセプトやポテンシャルを秘めた航空機を開発したのは
確かに帝国日本軍だし、
伊400型潜水艦などは、現在の潜水艦戦略を先取りしてもいた事も
けして間違いではないし、
戦後の自動車の世界でも、日本製のエンジンは依然世界のトップレベルであると
仮に僕が今宣言したとしても、
それはない、などど突っ込みを入れるヒトは、たぶん誰もいないだろうし、
ただそのエンジンに関して言えば、今後モーターエンジンに間違いなく移り変わっていく中で、
日本の職人技が光るギア製造技術がどのように競争において優位性を持つかは、
いまだ僕の世界では謎である、わからないが。

例が極端に帝国と自動車に傾斜してはいるが、それも僕のパーソナリティーであって
もちろん他の様々な領域にも実例は事欠かない、であろう。

つまり、僕が言いたいのは、何が生き残り、継承され、何が淘汰され、死に絶えるか、
という俯瞰したことも、そうなんだが、
僕自身が生活し生きていく上で、何が重要なモノのか、ということを
いつも真面目に考えるべきだなと、
僕が今日思った、ということをひっそりと伝えたい。

それが現在の最先端のモノ新しいスタイルというモノだというだけで、
様々な物質が目の前を流れていく。
それを振り返り様々な疑問もまた流れに流れてゆく。

なぜそんなにモノを作りたいのだろうか?
モノを買わなくてはいけない法はないはずだが?
モノが無くてはダメなのだろうか?

そのモノ新しさがどうとかではなくて、その必要性が本質的かどうかが
ひとつの目安になるんじゃなかろうかと、いちおうの見切りをつけておく。

そしてエコーをもみ消した。

繰り返される諸行は無常、
ただ春の世の夢のごとしである。

今日この作戦行動において、目の前と手を通過した幾多のモノは、
そのほぼ全てが「メイドインジャパン」なのだし
作るはいいが一体なにを信じるというのか?

今は昔、って感じがしたの、それがふたつ。











今日のいせはらは、雨上がりのカラッとした空気で、
主夫これを家事日和という。

陽光に、心身が透明になり充実を感じる。
つまり充実した透明感とは、これを陽光というのだろう。

初秋の陰がマーケットのアスファルトを急ぎ足に横切ると、
生きる事も爽やかに視えてくるから不思議だ

しかしながら、我が家のキッチンに立つ僕自身の心の中では
爽やかならざる抗争が、様々な局面で進行している。
キッチンの合理化とそれに発する有形無形の抵抗感である。

このブログはその不毛な抗争そのものから
脱却解脱することを意図して書かれている。

まず情況はこうだ。

過去二十猶予年にわたり、他の人間の支配下にあったキッチンを、
僕が構造改革の小泉純一郎氏よろしく、
鋭く合理的に切り割りしはじめた事をキッカケに、
僕自身は人生におけるひとつの小さなよくある真実に巡り会う事にもなった。

すなわち、ひとつのキッチンに、
大きくパーソナリティーの異なるハウスキーパーが二人いるとする。
こういうと大げさだが、そこには必ず紛争のようなものが起きる、
ということである。

世間でよくきかれる嫁姑のいざこざも、
こういう形をしているものか、という気づきでもあった。

それを一言で他人事のように言ってみれば、
支配と、その受容を求める、欲のもがきである。

人間の欲に係る感情は根深い。

これは僕が発見したわけでもないことだが、
誰かこれを否定できるヒトがいるだろうか。
三つ子の魂百まで。
それほど深く早く、人の心を瞬殺するもの、それが欲だとする。

人間の欲の姿は、まず自分自身の身体を自分の支配下に置きたいという
人形遣いの態であらわれるのではないかと思う。
女の乳首を吸い、座り、這い廻り、立ち上がり、歩き、排泄を自制し、走り、逆上がりをし、自転車に乗り、様々な自慰を試し、様々なデートをし、様々な性交をし、地下鉄を乗り継ぎ、自動車に乗り、飛行機に乗り、と、自分がこうしたいと思うように、自分の身体を操る人形使いの姿を。

その人形遣いは、人形の成長の進行度とともに、自分の人形の身体の外へ、人間社会のコンテンポラリーな習わしや、妄想のような因習や、制度的枠組みや、感情の操作による他への影響や、あれや、これや、等々、人間社会のオートポイエーシスな広がりのなかへと、行動や思念が拡張してゆく過程で、他のなにものかに対する支配欲、という名の、厄介な夜叉かおろちへと変貌しているのかも知れないと思うし、自分にもそういうモノが背後に巣食っている事も実感としてある。

そしておりをみてそれは来る、きっと来る、
自分の知らないところから、出張ってくる。

人間の視覚は、四角くは無いが、絶対的な結界がある、
その欲というやつはそのように自分には認知し得ない余白から
まず取り憑いてくるのだろう、たぶん。

よくはわからない、責任も持てない、なにしろ認知しがたいモノなので。

しかしながら気配としてその接近を感じた事がないヒトも、
たぶんこの世に居ないと思う。

それと向き合って契約を交わすか、拒否するか、視てみぬふりをするかは、
人それぞれだろうけど、いずれにせよその存在をどんな具合に隠すかが、
その人のパーソナリティーを作り上げるということも、たぶん間違った認識ではない。

つまりはチラリズムの世界だ。

オタ語で「絶対領域」などというコトバも、根幹は同じであると僕は視る。

だって普通ヒトは、パンツ~丸見えで歩いたりはしないのと同じで、
夜叉かおろちの顔では外を歩かない。

完全に自分が自分を操作して、すなわち、自己同一性を保持しながら、キーボードやマウスをカチャカチャしたり、通話したり、デートしたり、結婚したり、性交したり、子供を産んだり、別れたりしている、少なくともそう思っている。

しているつもりなのだが、何かのキッカケで、出てくる、
夜叉が、おろちが、出張ってくる。

それは人間にとって、呪いとか、なにかきっとそんなものじゃないかと思う。



もう数年前の話しだが、僕はパチスロの液晶映像演出のディレクター職に係った時期がある。

ご存知の方も、そう少なくはないと思うが、ある程度は知っているとの前提で書くと、この映像演出において、最も重要なものは何かといえば、三つのボタンを押下しながらそれを見入るヒトの脳内に、いかにして期待感というものを発生させ、それを持続させるか、という事に尽きる。

それはすなわち、なまなかには大当たりの頂上へ往かせてはいけないことも要件に含んでいる。

狙うメダルは18金、何度も何度も、繰り返し繰り返し、同じ動作を続ける遊戯者は、まるでなにかの行者の姿そのものでもあるわけだが、そこで、常に既に計算され尽くされた確立の中から、ヒトが当たりを引いたとき、脳内では期待感から実現への遷移が起きる。

あるプログラマーはその遷移を「射精の如く脳汁がでる」と、
これ以上無いリアリズムで表現したものだ。

この遷移には、ある種の達成と自己実現にも似た快楽があるし、
だからこそ、またあの快感を、と求めて、
行者の営みが営々と続く、そしてスロ会社が儲かる、という、
大雑把にいうとそんな感じだ。

これも一種の、呪いといったら、勘違いになるであろうか。

客観的な解釈で言えば、そのように、多大なマネーとタイムリソースを費やして、それに見合うかそれ以上、または遥かに上回る利益を得る、という事が起きると、その体験そのものが脳の中に刻印される。その逆もまた、同じだ。それが止められなくなるのも、今度こそは次こそは、という作用が働くからに他ならない。つまり、快楽や苦痛は、脳に体験という形で一度刻印されると、呪いのごとくヒトの脳に作用し、その効果は、麻薬や向精神薬とまったく同じかそれ以上に、根深くヒトの、かつえた心に巣食う。

日本という国では現在のところ賭博は御法度とされているし、
大麻も、なにやらも、かにやらも、十把一絡げの禁止である。

それはいい。

だがそういう健全を建前とした社会には、
その代替物が、多種多様な奇麗面さげて横行することに、現になっており、
営々といたちごっこが続いているのは、世間の皆さんもご存知の通りで、
その腐海の深さたるや凄まじいのではないかと想像してみたりすると、
気もとおくなるばかりである。

とにかく、ヒトは常に何かに、かつえていて、
そのかつえた脳に、様々な物が撒き餌される。
撒いているのは、夜叉でもおろちでもない、それは同じ人間である。

むしろ夜叉かおろちは、そのかつえた心の背後に潜んでいる。
ヒトはいつも何かを期待するものだから。
それはまず僕自身がよく知っている、あきらかな事実である。

いわゆる合理的という価値も、旧態依然と言われ蔑視される因習と等しく、
絶対不変ではありえないし、万国共通であるわけでもないし、
それは僅かばかり世間をチラ視すればこれも一目瞭然にあきらかな真実だし、
そして、それはキッチンというひとつの機能的宇宙においても、真実であり続けている。

ヒトはまず、何かをどうにかしたいと思う、
ついでに言えば、どうかしたいと思うことが何かを、
自分で理解していないヒトさえいることも
なんとなく感じたりする事があるが、
とにかく、なにごとか、どうにかしたいと思う。
でないことには、何も始まらないからだ。

とにかく、Aという対象を、Bというステージにあげて、Cというゴールに導く、
そのために自分なり自分が属するシステムにとって望ましい状態を作る、
それが合理的ということだと定義するほかないし、異説があれば読んでみたいモノである。

だってAだけといいながらBにすり替え既成事実化したら次は当然の如くCへ、
というプロセスが、現に、男女間でも、原発誘致においても、
あらゆる場面で繰り返されてきていることは、
過去や歴史をちょっとチラ視するだけでわんさか出てくるオンパレードなのは
紛れも無い事実である。

理不尽であろうと屁理屈であろうとなんだろうと、
それがヒトの理でなかったことなどただの一度も無いのである、と、
きっと誰かが何かで言っていることであろう。

つまりヒトが何か期待をし、それが受け入れられる、という事が、
合理性の根幹にあるのなら、結局は四角四面なような涼しい顔をしながら、実は、
呪いにぐっしょり濡れた夜叉かおろちと同じじゃないのか、と、
そこで僕は気付くべきなのである

諸行無常というコトバが閃きを見せる。

僕は思ったものだ。
その真実のまえに、何かを期待するという呪いは
初めて解けるのであると。



僕の尊敬するライマー、イル•ボスティーノもうたっている、

全ては流れる、と

やっぱそうなんだ、と、そのとき僕などは思ったわけである。
そこから逃れ得るモノは、まずこの世には存在しない。
そしてこれは、彼のライム以外にも各所に
同意の言説が見て取る事の出来る唯一無二の真実である、きっと。

ただし、諸行は無情と決め込んで、ただ遠い目をするのは、ただの世捨て人の姿である
諸行は無情、ただし、それに呑まれるか、自分から赴くかは、決められる

その事に対して、どのように対処するかが
その人のパーソナリティーを形作るという認識もまた、
間違ってはいないような気がするし、そうなのだ、きっと。














THE BLUE HERB
Smile With Tears

あんたがあの人と段々合わなくなったのも あるべき所に最後の一手がなかった事も
それを落としたのも なくしたのも あんたが孤独だってことも なにせあんたは一人しかいない
周りが馬鹿に見えるのも 自分だけ馬鹿に見えるのも 自分だけ恵まれてない事も
ねたみやひがみやわがままも 給料が安いのも 誰かと誰かの仲違いも
あの栄光にまぶしかった朝も 知らぬ間にしおれてったあの若さも
結局はやってこなかったまさかも 抜かずにそのままにしてるあの刀も
悲しいがここじゃよくある話だ だからって俺も誰も笑わねえ
静かに消えない希望を外に待たせ 悲しみをかみ砕きその苦味を笑え


何度計算し直しても どんなに名残惜しい顔をしても
どんなにいい曲を聴いても 息を止めても そこでしがみついてても
どれ一つとて同じ状態にはとどまらない しがみついたまま時は流れる
やはりこれをしのぐ悲しみはない 全ては流れる
一秒一寸先は思いがけなく 1回だけの楽しい生活
狙うメダルの色は18金 シャツまで濡れるひらめきの夕立に
信号がちょうどすぐに青に変わったり 角を曲がれば世界はもう新しい
やがて雨はやみ シャツは乾き 太陽神が復活しためでたい
過去の思い出もまだ色あせていない 便りがない内はまだ倒れてない
純也が歩けるようになったんだってな みんなが集まるといいな来年は
地球の最後まで俺達は仲間で 呼び名も待ち合わせ場所も変わらねえ
パーティーはそのままで もっと暖まって酔いどれた涙で生きた今日を皆笑え


聞きたくなかったら聞かなきゃいい あんたの自由だ
やりたくなかったらやらなきゃいい あんたの自由だ
あんたがあんたの目の前の急な坂を越えようと越えまいといつだろうといい加減俺には関係ない
行きたいときに行けばいいし 後でもいいし ゆっくり少しずつでもいい
行きたくなかったら行かなきゃいいし 忙しいんだったらしょうがない
わかってるよ それぞれ大変なのは
ただ一つだけはっきりしてることは あんたはその坂を越えなくてはならないって事だ どのみち










主夫業の考察対象は、実生活そのものであるため、生きてる限り終わるところが無いだろうし、主夫の時間とは待った無しでもあるため、機を図ることがとても重要であるヨーダ。

昨日は月の末日であり、その日は、僕の住む団地に隣接するメガマーケットで『ペットフード類』と『米』が20%OFFになる日であることを、僕はあらかじめ知っていた。

なので僕は、喫緊の食材の他、それら割引商品の一ヶ月分をまとめて購入した。

内容は以下。

1、米15kg
2、ネコフード3袋
3、ネコトイレの砂、多めに3袋

前月の実績で、家族五人の米の消費量は、約12kg、飼い猫二匹のネコフード消費速度は、一袋で約10日だった実績などから、上記の内容とした。

買い物の後、レシートを見る。
1~3のレシート上での購入額合計は8724円、そこから2割引なので1746円が値引きされ、6968円で購入できたようである、が

ここで見えて来た課題は『消費税』である。

僕のオープンオフィス・カルクによる生活家計簿は純食費が中心で出来ている。
それは生活において食費の支出項目が最も雑多だからに他ならない。

僕は、8月のほとんどの買い物を、件のメガマーケットにて賄っていたのだが、そこでの表示価格は外税、レシートでは、最後に消費税加算をしている。

前月は、全体の税込み支出額から、食品以外の、日用品、嗜好品、菓子ジュース、そして今月からは米も、項目として別けて、見ているが、それらの購入金額(外税)を引いた額を純食費とみなして計算していた。

純食費とはすなわち、日々の『オカズの調理』に係るお金の事を指す。

しかしながら、単にレシートに印字された外税の購入金額を減算しただけでは、純食費にその他の項目の消費税が上乗せされたままになるわけで、正確さに欠けてるってことは、意識のなかにあった。それは純粋さにちょっと欠けた数字であると。

今回のケースのように、純食費以外の項目である米、ネコ、などの出費が大半であると、その分の消費税が食費に加算されて、出費がおおきく水増し計算されてしまうのだ。

実際、米、ネコ出費以外では、肉ワンパック501円(外税)とペプシ130円(外税、これは菓子ジュース)のみの購入だったが、原状の計算では、純食費の肉ワンパックの支出に、1150円かかったこととなってしまうのだ。

…まあ、いっか
と、一方では思ってもいたが、現実として、今回の買い物における、純粋な食費が、1150円の支出として記録されるようでは、これを正確な把握とは言いがたい。

そこで、これもまあ、ヒマのなせる態ではあるが、カルクの表のセルを各項目ごと二列とし、一列目の『入力列』に外税額を入力し、隣のセル=『税込み支出』の列に8%加算額がオートサム表示されるようにした。
それら各項目の『税込み支出』を総支出から減算したものが、おおまかに、食費の消費税加算額となるわけだ。

しかるのち、表にあらわれた数字で、計算してみた、米、ネコ、項目の、実際のお得額を。

外税での正規額 8724円
消費税加算支出額 9422円

外税での割引額 6968円
消費税加算支出額 7525円

つまり9422円-7525円の差額として
お得した額は1897円 であることが分かった。

それはともかく、そのことにより一日の純食費は、1150円にあらず、544円であると記録されることが重要でもあったわけである。

そもそも数字には弱い方なので、ブレはあるかもしれない、そして一日の平均予算が、米の購入によって大きくオーバーしてもいるが、
ともかく今日のところはこれで溜飲が下ったカタチだ。

それに、1897円はとても意味のあるお金であり重要な成果である。

以前の記事に書いたが、9月会計は33日であり、予算を60000円としたとき、一日平均が1818円であるから、この割引によって、合理的に一日の食費相当額を捻出し得た、ということになり、小さくガッツポーズ、なのである。

この確認に至るまで、ヤフー知恵袋に質問してみたり、実際にカルクで表を修正して、表示から電卓を叩いたり、この記事を書いたり、ということに費やしたタイムリソースは約2.5時間だが、現在8%の消費税が今後10%になるかもしれず、これらの数字について改めて意識的になっておくのはとても大切なことに思えたからこの行動、でもあった。
実際その意識無く、特売で2割引きで買った商品にも1割りの消費税が加算されたら、と考えると、お得感も実数値としての把握が曖昧に低解像度なイメージになる。
平たく言うと、それではつまらないのである。
だから、予感される消費増税についても、曖昧な不安感だけが募るばかりで、しまいには、まあ、いっか、となるのが、関の山だろぉ、と感じたのは事実である。

僕は今日、ハッキリ宣言できる、知は力なり、と。

特売日についての知は、確実に家計を整える力たりうるし、そのような形で、マーケットの企業努力の姿勢が見えても来るのだ、ヤオコーさん、これからガンガンフォローしてくぜ!

この日、マーケットでの買い物が5万を越えて、溜まったポイントが500ポイント、それが500円の買い物券に換わった。

なんとなく、月のサイクルが、小さな還暦のごとく円を描いているのを感じた2014年の8月の終わりであった。






われわれの生活はあまりに現在的すぎる、という我々の時代において、『男は外で戦い女は家を守る』というステレオタイプの短命ぶりが露見しつつあるのは事実だが、なかなかその固定観念が解けないものまた現実である。

それは、崩壊した~崩壊した~と喧伝される割りに、根深く残る、『原発の安全神話』また『食の安全神話』と同タイプの共同幻想だからではないだろうか、と、僕などは考える。

『神話』ということについて、思うところがあるので、あえて横道にそれてみようと思う。

『神話』という存在に対して、何の畏怖もなく、『あれって本当はウソなんだぜ』と、斜に構えた視線を持つ事が、まるで現代の人間存在に必要不可欠なものであるかのごとく、自分がなぜか切ない思いになるのは、僕だけではないはずだ。
『安全神話』というコトバはリアリティに欠け、実はそのことによって、事の実相を粉飾しているのではないか、とも、僕などには思えてならない。
原発は安全神話が崩壊したのではなく、もともとそれ自体の孕んでいた危険性やシステムの脆弱さが明らかになってきたのだ、というのが、より現実的な捉え方だし、ヒトを正しい認識と行動に結びつけるのではないかと考える。つまり神話とは、無意識や無関心を美しく言い換えただけのコトバに過ぎない。
現に出ている人社会的弊害や人災害などを見れば明らかな事と思えるのである。
事の実相を差し出され、さあどうしますか?と問われている。

これらは他人事でないから、反対か、賛成か、の旗のもと、群れて抗争することが必要なのではない、まっとうな観察と描写と考察に基づいた個人の行動と選択の問題である。

ここでまた主夫業の考察にたちもどる、主夫業の中には、今述べた問題の、より身近な解の選択が、多数存在する、というのが僕の実感である。

安倍政権においてさかんに謂われている女性の社会進出の実現、それには『女は家事をする』といういずれにおいても固定化した部位の残った共同幻想を、徹底して排除しなければならないと思うし、僕自身にも、それが無いというと嘘になる。

冷静に性差を越えて、その人固有の特性に着目すれば、ことさらに女性の社会進出などと喧伝する必要も、ないと云えばないのである。

今、思い出されるのは、愛媛県の双海町で知り合った『ワッチ君』と呼ばれる青年の事である。『ワッチ』とは彼の本名、わたなべ、のニックネームだそうだ。
彼は農業大学を卒業し、長く国外を旅してきたバックパッカーであり、その途上で知り合った中国人女性と結婚した、年齢はたぶん三十歳前後だろうか、どことなくもののけ姫に登場する地子坊に似た表情を持った青年だった。
福島県南相馬市からの移住者である同音の『渡部さん』が、双海の上灘で営む高地での養鶏場と農園で、縁あって、知り合いしばし瀬戸内海を山の間に見ながら喫煙をともにしたという程度の時間に、僕らは簡単な自己紹介をかわした。なにげない興味から、彼の夢について聞いてみたとき、

小さい土地を買い、そこで百姓をしながらの主夫ってゆうか、僕の嫁は語学講師で、日本での稼ぎが良いので、農地では自分の好きな作物を栽培し、観察し、好きなように調理して食べ、好きな事をして過ごす、まあ、なので僕の夢は、ヒモですね、

彼は、かいつまんで言うとそのように、彼独特の微笑みとともに、話してくれた。
実にフリーダムだし、彼は正しくヒモたりうる、とも思ったものである。

ワッチ君についての思い出とは、そんなささやかなものだが、愛媛県では、彼を含めて、様々な就農者と知り合い、その全体の印象と、いまの考察を結びつけて考えてみると、百姓とは、『万事がすなわち家事』ともいえるライフスタイルなのかな?という感じがするのである。

今の僕には、極めてコンテンポラリーなライフスタイルに映っているのも事実だが、今の僕には叶わぬタイプの夢であることもまた、現実なのである。

僕は僕自身の家事の合間に書いている、家事は全ての記憶を刺激するタイプの行動だ。

注釈:タイトルはデビッドクローネンバーグ監督作品の映画『コズモポリス』で登場のジュリエットビノシュ扮するディディがふともらす"life is too contemporary"ということばの引用