ハウスキーパーズグラフィックス

ハウスキーパーズグラフィックス

kawagoe isehara House Keepers Graphics

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その場面場面の中で
これだ、これが今の気分にふさわしい音楽だと
感じられる出会いは、季節の変わり目によく起こる、ような気がする。

明日は僕、単身で福岡副都心への派遣行動に赴く。

一週間、福岡の友人の部屋に米を背負って転がり込んでかなり重要な用事を済ませ、
その後、別府、八幡浜へと渡って首都内子に、二、三日、滞在し、松山から帰京、ふたたびこの地いせはらに戻る予定である。

A September Jurney to October

いま、過去と比較して格段に広々した自分の作戦本部、
つまり自分の家の自分の部屋、
すなわち、間違いなくこの自分と云う世界の果てに座って、
僕は、強烈に季節の変わり目を感じているわけだが、
明日からの単独行動を控えて、気が抜けるほど簡単な支度を済ませ、
移動中に聞く為のプレイリストを作ったりしている一人のヒマジンである。

季節は二十四節季における「白露」である。
意表をつくほど今の季節を言い当てていると感じる。

ウィキ先生曰く

白露(はくろ)は、二十四節気の第15。八月節(旧暦7月後半から8月前半)。
現在広まっている定気法では太陽黄経が165度のときで9月8日ごろ。暦ではそれが起こる日だが、天文学ではその瞬間とする。恒気法では冬至から17/24年(約258.71日)後で9月6日ごろ。
期間としての意味もあり、この日から、次の節気の秋分前日までである。
大気が冷えてきて、露ができ始めるころ。『暦便覧』では、「陰気やうやく重りて、露にごりて白色となれば也」と説明している。

昆虫の音響世界では、蝉から鈴虫へとリプレイスされた。

蝉の声を背景にさんざんぼくの背中を支えてくれたTMGE(ミシェル)のサウンドもいつのまにか肩からするりと前方に透かして流れていく

何を聴こうか数瞬戸惑って、
Cornelius の随分昔の Point を聞く事にして、
きれいにすっぽりハマった感覚が得られた。
これがいまこの気分にふさわしい音楽って感じなてきな

そのとき僕はこんな風に考えた。

自分に蝉が宿ったとでも。

セミになりたい、と僕は誰かに話した事がある。

また、同じ大学(多摩美)の数年先輩が僕に語った妄想話を思い出した、

曰く、何類か忘れたが、生まれたときに生きる寿命も大概極まっていて、その人生には睡眠と云う時間が無い、らしいと、人間も、というか自分は、眠るということがもったいなく感じる、だからその別の類いの生き物のように、活動し続けて寿命を終えて、永遠の眠りにつきたい、と。

おそらくは睡眠を挟む事で、絵なり彫刻なり何事かを作っている夢中な時間を中断し、起きたら好きでもない仕事に行かなくてはいけないという、そんなサイクルから自由になりたい、という欲求から生まれた、ある種悲しい妄想であろうと、今の僕は冷静に裁定を下した。

そんな無茶な、とでも答えれば良かったかな。

寝起きの爽快感を棄ててでも、しゃかりきに活動しなきゃと感じるのも、
そんな事をつい考えたくなるのも、
他の生き物になりたくなるほどの逃避的な心情も、
間違いなくヒトならでは、のものである。

うちにはネコが二匹同居しているが、
ネコが、あ~我が輩もヒトになりたいニャア~
などと考えているとは、到底思えない。
逆は大いにあるだろうし、僕もたまにそう思う。

ともかく、いまは地上から去った蝉に自分を重ねるという僕自身の妄想も、
ある種のペーソスを基調としてはいる。

孤独を支えるのは、同じく孤独な何者かであり、
蝉とは書いて字の如く、単独なる虫、である

ま、さんざんもったいつけて言い回しの知恵の輪で遊んでも、引用を弄しても、昔の話しを持ち出しても、それで僕の頭に宿ったイメージに、いくらかでも膨らみが出たとしても、
いいたいことは、明日からは幾分乾燥気味の殻を世界の果てに残して僕に宿ったミンミン蝉だってことだけだし、

ともかくである、ともかくありがたいのは、
どこかに行く、または去るための必然性と理由があることである。

なんだか倒立した感じ方だが、
どこかにいく必然も、いずれは去ることになる理由も、
それがあることに感謝するのは、道行きのひとつの心得なのかな。




また、つまらぬことを、書いてしまった…(ゴエモン)












日本語は、みる、というコトバに
見る、視る、観る、診る、などなどと、
いろんな文字があてがわれ、それぞれに適切なニュアンスがあるものだが
最近僕は、その「みる」の音に、
「看る」という日本語をあてることがどういうことを示すのか、
分かった気がする。


以下はそんな僕の細やかな気付きについての記事である


週ははや木曜日、先の記事に引き続いてベランダの整備作戦を進行させた。
もはやこまこました作戦の実施情況や行動心理描写を弄するのも
だんだんと阿呆らしくなってきたのでいい加減にしようと思うが
二つのポイントに絞って記す。

1)木曜日はベランダに集積した不燃ゴミを排出し、金曜日は燃えるゴミを出した事、
2)それらのゴミを段階的に排出して大きくベランダの景観が変わったことについての僕の心境、

不燃ゴミの日は月に一回。
その日の朝は普通の回収日とは違って、
自転車でゴミ置き場を見て回る廃品回収者たちの存在に気がつく。

彼らを、不正回収者と呼ぶのか、
鉄や、再生価値のある電化製品などを
持ち去って換金するのであろうか、
何度かゴミ置き場と自分の部屋を往復するたびに、
さっきそこにあったモノが無くなってたりする。

僕がゴミを下ろしている背後で、
よたよたと自転車から下りてきて背中越しに、
半分眠ったような目でゴミの品定めをするおっさんがいた。
彼の自転車の前後のカゴには、
それがどういう価値を持つのかすぐには分からない不燃ゴミが
ゴシャッと入っている。

おはようございます、なんかいいモンあります?

と、さりげない好奇心で声をかけると

ほひゃあ◯×△~xxxじゃが0$0%0ほげほげほげ~psジェイfえらぃ

と、たぶん日本語なのであろうが、
歯の無い口から、聞き取れない異界の響きをともなったコトバが返ってくる


ちょっといまググル先生に聞いてみたところこんな記述があった。


無料で家電等の不用品を回収するというトラックや、
不用品回収のチラシを市内で見かけることがあります。
家庭からのごみを収集するには、市の許可が必要ですが、
これらの業者は許可を得ていない場合がほとんどです。
無料をうたっていても、
後から料金を請求される等のトラブルが発生しています。
また、回収された不用品が不適正に処理され、
有害物質が環境中に放出されてしまう場合もあります。



なるほど…たしかにその種の呼び声は、過去しばしば聞かれていたが最近はあまりない。

いつか観た映画、アカルイミライで、藤竜也さんが演じていたような人物も
ここに該当していたのかも。

しかし僕の目の前にいるおっさん自身からは、そういう業者的なドレスコードからも外れた、
モノクローム版のムックのような、異界のヒトの気配を感じる。

なんにせよ法の外から僕には見えていない価値基準でゴミと係り生きるヒトであるようだ。

僕がムックさんと別れてまた部屋へ戻る時、
これまた自転車に乗った今度はガチャピン風のおっさんとすれ違ったが、
銀輪上からムックさんの存在を察知すると
別の方向へハンドルを切って去って行った。
そのようにして、僕の知り得ないある種不確定なサーキットを周回しているのであろう。

ある業界の生態系を、そこにかいま見たような気がした。

行政の回収開始時刻は8時からだ。
なので、不燃ゴミの日の、早朝のゴミ置き場には、
法と無法の間に渚のような空間の気配が漂っている。

いつかそのような時空に生きる彼らと
じっくり話しあってみたいものだ、と、
僕などは思うのである。


ともあれ、そうした風景を視ながら何往復かして不燃ゴミ排出を終えたベランダは、
煩雑な悪夢から目覚めて、でも意外と頭はスッキリして、
確かにアレは夢だったと安堵する僕の心そのもののような状態に変化した。

とはいえまだ燃えるゴミは残っている。

内容は、実に多岐にわたるが、
最近見つけたゴミ分別辞書を活用して選り分けた飛車角的な精鋭ゴミに、
日常的な数日分の生ゴミ等の、ふ、が加わる小部隊である。

そして翌日金曜日の朝、僕は小隊規模の燃えるゴミ部隊を、ゴミ置き場に移送した。

ここでやっと、作戦の大概は完了した。
これでやっと庭の手入れが出来る。
網戸の張替えもスペースを確保できたわけだ。

今度こそぐっすりした睡眠後の爽快感の如く
スッキリしたベランダに敷いた簀子の上にすわって
僕はぼんやりした満足感とともに起き抜けのエコーをふかした。

秋の爽やかな朝の陽光と、静かな鈴虫の声、遠くに聞こえる関越道のさざ波、
植栽の木々の間をひらひらとささやかに舞う黄色い蝶、9月の枯れた紫陽花、

良く出来た朝だった。感謝。

その朝に至るまでの僕の経験した戦闘の激しさは、
僕の心の中にだけある。

それでいいのだ。

そもそもの汚ベランダ情況や家の中の実際を、読者の方々は知る由もないし、
それがキレイかキタナイかというのも、
これすなわちヒトの意識のあり方そのものである。

僕自身の動機は、うつと呼ばれる状態から復調し
今後も自分というモノとつきあいながら生きていくうえで、
家という、自分自身の意識が外部化した環境をより良くしたいと思うのは当然として、
もっと正確に云えば、隅々まですっかり把握したい、
という欲に近いものが根底にあった。

まあ、書くと大げさだが、それもヒトの正しい伝統の一部だろう。

そして把握する、とは、まず、看る、こととともにあって、
この二つが別れる事は無い。
そして看るということにおいて、
手と目が分離される事も無い、というのが、漢字の掟というものであろう。

手が行き届いた何事かというが、
手だけが這って行って
手探りで無闇になにかすることができるわけもなく、
目が行き届くという言い回しにしても同様で、
眼球だけで出張っていったとしても、
その単なる球体は対象に対し何ら行動を起こしえない。

そういう理屈だ。

僕は、ベランダという外と内との緩衝地帯を看て廻ると云う行動から得られた成果として、
ベランダのどこでも寝転がる事が出来ると感じられるようになったことは大きいし、
それは実際に、目で見て見分し、手で掃いて触って拭いてまわって
そこに確かに自分に与えられた境界線があることを確認しえたからであって、
これすなわち、とても心健やかなる感覚である。

冒頭、意味有りげに、看る、という漢字について触れたのは、
この手と目が合体した文字の組成の成り立ちの意味が、
この時の作業実感として得られたということを伝えたかったからだ。

漢字とは不思議なモノだ、つくづく良く出来ている。

それはきっと僕が作業中に感じた事と同じ感覚に基づいて形作られたはず、
という推測はたぶん間違ってはいないだろうし、
そもそも、その正解不正解を断定できるヒトがこの世に今
生きているのかどうかも僕はしらないのでどうしようもこうしようもないし
僕自身の実感は、誰にもとやかく云われる筋合いのものではない。

もしかしたらトンパ文字の研究をされているアートディレクター・浅葉克己先生ならば、
何らかの深度ある知見をお持ちかもしれないが、
出来れば早いうちにお目にかかりたいと今思った。

しかしまたつくづくと、実感を伴う理解と共感というのは、
ヒトの間に文字があって初めて成り立つものだし、
そう、それがそれだよ、と言い当てられたような出会いの覚醒感は心地よいものでもある。

ヒトとヒトが『看』という文字をテーブルに向き合い、

「これってアレじゃね?」「だよね~」

とかいいながら交流している様子というものを、
何の文字によらずそういう事の積み重ねが日々行なわれていて、
それがヒトの日常だ、という意識で想像すると、
僕はいつもなんだか自分が搭乗した飛行機が離陸する時の感覚にも似た
愉快な気持ちになる。

田中ヤスタカの歌詞にもある

コトバはきっとグライダー
だいたいいっつも飛んでるみたいだ、と

capsule - L.D.K. Lounge Designers Killer






本日は、外部から部隊の支援をうけた。

ベランダに積載中の物資の引き渡し処分である。

日本国政府の下部組織にも粗大ゴミの回収は有料で受け付ける部署はある、
つまりそれが行政の粗大ゴミ回収だが、ココに連絡したところで、
あんまり気乗りのしないお役所仕事につきあう事になるのは目に見えているし、
回収の日にちもお役所都合で限られるわけだし、
仮に費用が安く済んだとしても、そこまでにかかるタイムコストを考えると、たぶんどっこいって感じだろうって思ったし、インターネットで検索して、ピンとくるのがヒットしたし、
ともかくそれは昨日の話しだ。

部隊の呼称は「片付けサポーター」




サイトのデザインも、ヘタにイメージに走ってなくって、
どすこい任せろって感じで好感度隆。
「汚部屋(おへや、と読むみたいだ)の一挙解決!」なるほど、、、強者っぽ。

電話してみると、受話器の向こうで、ガテン系女子の太く明るい声。
翌日にも見積もりに来て、話しがまとまればその場で搬送、という手はずになった。

ゴミ屋敷ってのは聞いた事があったが、「汚部屋」かぁ…

我が家の場合私見では汚屋敷ではないものの、
ベランダはまさしく「汚ベランダ」と化していた。
隊員からも苦情がではじめていた、
はやくアレをどうにかしちゃりいや、と。

いまやろうとおもってるんだっっつうの…と若干の不服な気分ではあったが、
ともかく予定されていた行動に移る日が、今日、来た。

天気も良い。

僕は、日本海海戦の秋山真之さながら、
天気晴朗なれど波高し、の心境で、
頭からアディダスキャップ、上ステューシー長T、
下ユルジャージ、長ソックス、手に軍手装備で、蚊取り線香を首からぶら下げて、
つまりは蚊対策に万全を施し出動した。

BGMは佐野元春
孤独でストイックな男のラブソングだ

まず第一段階として、ベランダから庭に、粗大ゴミの類いを集結させた。
粗大ゴミ大集合。俄に汚庭化。




蚊がおるんは草ぼうぼうじゃけんかのぉ
もう少し蚊の発生が収まったら、草刈りもせにゃいかんねゃ

それはともかくも、まずこのゴミである。
もちろんこれらすべてを無分別に搬出するわけではない。

前日、日本国川肥市のウェブサイトで、今週明後日に、月一の行政不燃ゴミ回収があり、
そこでもかなりな部分を処分可能なことも、また知ったのである。

長辺50cmに収まるかどうかが、ポイントらしい。
それがなんであれそれ以上になると、粗大ゴミとなり、有料化する、らしい。

で、意外と電化製品は、50cmを越える物が意外と少ない事にも気がついた。

なので、作戦の第二段階は、行政の尺度で「粗大」と判定されるゴミを分別して、
見積もり作業をスムーズに行なう為の作業だ。






赤い切り返し素材のパーツが、本部から搬出したベッドのものである。

大昔のベビーベッドの残骸も混じっている。

すなわち、これらが「片付けサポーター」部隊に引き渡すべきゴミであり査定対象となる。

ここまでやって、空はごくごく薄い雲が覆った青空、汗だく、かつ、時刻は11時半である。

シャワーを浴び、食事をとる気にもなれず、
長女隊員には、ご飯と味噌汁、それと明太子で済ませてくれや、と伝え
座椅子に身を投げ出しラスイチの小豆アイスバーを舐めながら、
ひたすら疲労の回復だけを待った。

小豆アイスちゃんとの逢瀬が終わる頃、

通信傍受。

そうだ、コレも待ってた。
予定通り「片付けサポーター」隊は一三◯◯に到着との通信が入った。

再び同様の装備に身を包む。

ピンポンがなる。

「片付けサポーター」隊は、2トントラック一台、隊員は二名である。
一名は「片付けサポーター」隊本部員、
もう一名は別系列の部隊からなる混成部隊であるらしかった。

どんなヒトがくるのかな…

という事について何の予想も持ってはいなかったが、
隊本部員は、今の印象で言えば「メンフィスベル」のマシュー・モディーン、
別部隊員は、もう少し戦場慣れした
「山猫は眠らない」のトム・ベレンジャーといったところだった。


マシューを件の集積現場に通し、ざっと見積もってもらった。
見積もりの尺度は容積である、と聞いた。


で、最も嵩のあるベッドパーツ六が一万
その他の鉄、プラ、その他の雑ゴミ多数が六千で合計一万六千
見積もり派遣費用込み込みの金額で、
僕はマシューに対して若干のブツの抜き差しをしつつ少し話しはしたが、
最優先は作戦の進捗である、その金額で交渉成立させた。


搬出は僕の期待通り、ごく迅速に運んだ。
蚊の侵入を防ぐべく、僕が窓枠中央に座り、マシューがそこを通過する際に自動ドアさながらに窓の開閉を担当。良いチームワークだった。ほぼ7~8往復で、搬出は完了。


ちなみに僕の戦場は一階の角に位置するため、
ドアからトラックまでの距離も最小限度であることも幸いしたようだ。




戦場の玄関でマシューに対して支払いを済ませサインをした。
トムはその背後に控えていたが支払い手続きが済んだ後、自分は別部隊である事を告げた後で、
50円玉を僕に差し出し云った。

これは回収した鉄素材の代金です

僕はその領収書にもサインをする。
なるほどあの鉄が50円になるのですね、とおうむ返しにすると
トムはニヒルに笑った。

風のような挨拶を済ませ二人は帰還していった。

なんと気持ちのいい男達じゃ…

僕の気分もずいぶん軽くなった。
重い仕事がひとつ、
ヒトの手も借りて終えられたからだ。

ありがとう

という気持ちが一万六千



それでも、山猫はまだ眠らにゃい

作戦は第三段階である。

明後日の不燃ゴミに向けての最後の詰めだ。

残ったゴミ達の分別である。
不要、だが曖昧に未分別なゴミを仕分け、
庭における最低限の美観と通常業務、
すなわち洗濯物干しに
支障のない状態へとレイヤーを揚げる作業だ。

いくつか新しいぱりっとした段ボールが必要である。
それに、エコーなども切らしてる。

僕は酒保・ヤオコーに向かい、エコーを4箱1000
それとごく簡単に夕食のおかずと
ブラックサンダー、小豆アイスバー、ゼロコークなどを買い求め、
ご自由にと積んである段ボールを大小三個入手して帰隊した。

時間は3時に届く頃。

僕はできるだけ楽な格好になり、
ゼロコークとブラックサンダー、そしてエコーを喫しながら、
ネットバンキングで振込などを行なうも

残高が心の中でセンチメンタルに両替えされたりもする

そんなとき僕の記憶の三半規管には必ずといっていいほど、
スガシカオ「午後のパレード」が響く

彼は

そこらじゅうキケンのマーク
…というコーラスに答えこれ以上無い無責任さでリフレインする

ごめんなさい
うまれつきのうてんきで



続ける事それがパレードのルールである。僕の作戦もルールは同じだ。

ガダルカナルから帝国日本の本土を目指す海兵隊の心境が冠る。

まだ終結してない。

さて、行動に残された時間は二時間、三たび装備を戻して、
ここからはZAZEN BOYSがよかろう

向井秀徳の殺伐たる歌声で、よけいな情緒は無しでよろ

ここから先、僕が目にしたものは、
グーグルグラスでも装備しない限り、記録は不可能である。
軍手装備でスマフォは触れないからだ。

粛々と作業しつつ、
使用価値のあるモノ、
きちんと分別できるゴミ、
現時点では分別しきれない雑廃棄物なものそれぞれを、
常設のゴミ大ストッカーや新しい段ボールなどに仕分け、
ベランダの片隅に固めて置いた。






机と椅子一セットは、配置を検討する必要があるので、
そのまま置いておくことにして、
午後五時には作業を終えた、ZAZENのトラックも終わった。

まずは、明日一日はこれで放置しても大丈夫だ、

じき明後日がくる
きっと来る





その間心の奥でカラカラと回っていたのは以下のような考えである。
戯れに書き記す。


無分別なものほど視るに堪えない物は無いし、
思いも寄らない形で様々なものと再会したりもする

ゴミということをテーマに書き続けるなら、
まず間違いなく、大竹伸朗さんの存在を、ぼくのなかの世界で避けては通れないだろう、

彼はハブのような存在だ、そして同時にこれ以上無いほど孤高の存在だ

大竹さんは、今も愛媛県の宇和島におられるらしい






彼が宇和島の海岸で巨大なゴミとして廃棄された漁船を素材として80年代の末期に展開した西武美術館での個展はいまでもありありと、生々しくその衝撃の記憶を再生できる、ような気がするしその事についてはまた別の機会に書きたいな、せっかくのブログだから。

ひとつ今、銘記しておきたいのは、彼が件の展覧会において記した謝辞のコトバである

世界一美しい宇和島のゴミに感謝します

と大竹さんは書いていた。
僕はそれを読んで、愛媛県出身者として、何とも言えない気持ちになった


それと、もう一方では、いつも、いつもいつも、思い出されるもう一人、
ヤニス・クーネリスさんというイタリアのアーティストと、
彼が中心をなすと看做される『アルテポーヴェラ』と呼ばれる
現代美術のムーブメントについて





ググル先生、というか、正確にはウィキ先生によると…

その特徴を大まかにいえば、絵具やキャンバス、粘土やブロンズなどの、伝統的な美術の画材を放棄して、生の工業的な素材や自然の石や木などを、あまり加工せずに用いる傾向がみられる。こうした傾向は、同時代のアメリカ合衆国のカール・アンドレや、ロバート・モリスなどのミニマルアートや、ポスト・ミニマルのアーティストたち、ブルース・ナウマン、エヴァ・ヘス、さらにはヨゼフ・ボイスなどとも共通する当時の先端的アートの特徴でもあった。

となっている
以前の記事で触れた、同時代における日本の「モノ派」と
微妙に類似する点があったとしても絶対的に異なるその態度は、
私見ではよりポップアートのマインドに近いと感じられる

僕はこのムーブメントについては、
僅かにクーネリスさんの名古屋で行なわれた展示のカタログでしか
その印象を語り得ないが、
ある建物の廃材を生け花のような感覚で構成してみせたオブジェクト群の写真に、
取り憑かれたような気分で見入っていた、
これをなんと称したら良いのか、なまなかにコトバには翻訳できないが、
これもまた別の機会にかきたいな、などなどなど、、、

いまこの時、僕自身は、現代アートとは無縁の人間だし、
このコンテンポラリーすぎる時間の中で展示や売買の対象として
「芸術作品」というものを固定的に作ってみせる勇気もない。
だから、僕にとり、大竹さんやクーネリスさんは、
異界の英雄であり、尊敬と畏怖の対象ではあっても、
憧れの対象にはなり得ない。

なぜなら彼ら自身の現実もまた、
限りなくコンテンポラリーに流れているだけだと思うからだし、
それは何人たりとも同じ線上、あるいは同じ戦場には、いる事が叶わないものであるし、
逆もまた同じである。

そしてそんな僕も、そして誰だって
自分の手の中に、限りなく深い何事かを掬う事ができる。

その何事かを理解しようとするたびに、
上のお二人の英雄の存在がよぎるのは
僕が今何者であろうと、変わらない事実だ

なんらかの尺度なり、なんらかの価値観というものが、彼らの背後にはあり、
それが二人のシルエットで僕の思考に陰をおとしているのだと言えるだろう。

無分別なものほど視るに堪えない物は無い
と書いたが、乱暴に云うと
そのカオスの中にも乱調とともにある種美的なものの存在を見て取ったのが、
大竹さんであり

また一方でクーネリスさんは、
そのカオスに対してよりドライに、
外側の目線でカオスの質感に触れ、
そして、これが僕にとって重要なのだがそれを改めて「分別」し、
さらに乱暴さを増して断定すると、
侘び寂びのような手つきで再構成して見せているような気がするし、
それは、彼がギリシア人でイタリアにおいては外国人であったことが
大変に大きな意味を持つ、とカタログには書いてあったし、
事実彼がギリシアからイタリアに移った時、
最初に作品のテーマにしたのが、道路標識であったことにも如実に顕われてもいるし、

つまりは、外部の視線とは、
ある時間の線上で常に新たなる分別のマインドを得るわけだ。

それは実生活と同様、原理的に終わる事の無いマインドだ

僕は美術評論家でもなく、
ただ自分の記憶と対話しているだけに過ぎないが、
その断りを前置きして云うと、
クーネリスさんの態度には、けして古くならない強さがある、とも感じる。

なぜなら、何度も書くように世界は常にあまりにコンテンポラリーで、
様々なモノを巻き込みながら、
鳴門海峡のごとく
様々な渦を巻きつつ全て繋がって流れていくのであれば、
場所との連結はある種、流れに対する抵抗者の態度も伴う、
諧調の美しさにおいて自然のおりなす野放図な美との差別化を意識し続ける事になる、

これすなわち相当な力仕事である。

大竹さんの作品の魅力はその強烈なマッシブアタックにあるし
そのストロークは、カオス一切合切を美しい諧調にまとめあげる腕力を孕むわけだし
その拳を繰り出し続ける大竹さんを、僕は本当に尊敬する。

また反面、クーネリスさんの態度には、
東と西という対比の上では倒立したような捉え方だが、
美術史という連続した川の流れの前に立脚して、仏僧のようである。

美術史とはまた現代生活という流れのなかのひとつの渦であることも冷静に観察し、
流れてくるカオスに分別を施す、という観察者の視線を看てとる事が出来る

僕はそこに、いまこの戦場において、
強烈な共感を感じ、グッと来る者である。

僕は今ここでコレを書いていて、
日本とイタリアという同じく第二次世界大戦時の同盟国にあって、
歴史的背景というものが、国境なんてカンケーねえし…とか思いながらも
否応関係なく厳然と係っているということを思いしらずにおれない。

そして僕は日本語を解する地球人

全ての流れから無関係では有り得ない存在だ

ひとえに風の前のちりにおなじ

がーん!だ













































































今日の作戦記念写真








今日この日

福岡副都心への一泊の旅から帰ってきた二日目、
大隊本部の整備は帰宅後すぐ再開、ベッドの喪失感も薄らいだので、
予定していた行動に入った。

FC2ライブへのログインだ。

未来の仕事にむけてのリサーチを兼ねて。

あとは純粋な好奇心から。

ライブチャットとは、イメージとしては、
ユーザーディスプレイの向こうで女子または男子が手鏡かドレッサーの鏡に向かって
話したりしているかのような様をみながら、
その彼女または彼とチャットでコミュニケーションするって感じのものだが、
中にはかなり激しい露出を伴う物もあり、
このFC2ライブは、ご存知の方も多いかと思うが
海外サーバを経由しているので、
その露出度は最凶エロメディアそのものである。

僕自身は、そのエロ部分そのものにはさほど興味が無いが、

無い事は無いが、

エロメディアは過去を振り返るとその時代時代の最先端の技術に支えられているのは事実で、
歴史上ヒトが、絵を描き、土をこね、版画を刷り、写真を発明し、映画が誕生し、印刷製版技術が進歩した、その技術進化は常にエロティックイメージの伴奏抜きには考えられない。

ある種の宗教が偶像崇拝を禁じる理由も、
そこで初めて理解できる気がする。

現代、映像メディアの爆発ぶりは、すなわちエロメディアの爆発とともにあったわけだし、むしろそれとともに無かった事が無い。そこにインターネットの普及が冠り、急速に脱メディア化が進行、脱メディアとは、すなわちメディアを支配していたシステムからの「脱構築」も意味している。

「脱構築」懐かしい言葉だ。

文言の定義にうるさいヒトには刺激的な言葉かもしれない。

一方で「脱メディア」とは、ここ最近の僕の頭に自然に浮かんだ言葉なので、
こちらにフォーカスしようと思う。

脱メディアには、二つの意味合いがあると思う。

ひとつは、フィルム、テープ、ディスク、または、写真、本、など、商品として配布される際の『モノ』それ自体から脱して、現在、スマホやコンピュータディスプレイに集約されることになった、という事象。

もうひとつは、そのフィルムなり、本なり、放送なりに仕立て上げるための技術者なりプロフェッショナルによるオーソライズなり権威が、極度に限定的になって来ている、すなわち、素人メディアの勃興という側面。

その二つともに深い関係にあるのが、
またしてもアップル。

もはやデスクトップパブリッシング(DTP)という言葉に
ピンと来るヒトは
そんなに多くないと思う。

アップル、というより、スティーブジョブス氏が、
美しいフォントとそれを美しく組版して、
画面上と寸分違わぬ印刷を可能にした
パーソナルコンピュータとスタイルライターを発売し、
デスクトップでパブリッシングする時代を謳ったのはもう80年代の話しだ。

とはいえ、現在においても、同人誌の印刷に専門業者を介すことに変化はないが、
重要なのは、そのコンセプトで既存の権威に対する反抗がそこにはあったと思う。

ちょっと論旨が拡散してきた。

ともかく話しは脱メディアの極北にある「ライブチャット」という、システムである。


続きは今後、掘っていこうと思うが
ともかく今日はライブ配信をしながら本部の片付けを行なった。

まだまだ視れた物ではない大隊本部の生の姿が、
基本、ワールドワイドに、配信されたことを確認した。

ハウスキーパーズグラフィクスライブ
live.fc2.com/57435182/









過日は十五夜であったが、
その日のいせはらはあいにくの曇天であった。

日中から重々しく寒々した空気であり、
しかも洗濯機が3回転したので、
浴室乾燥でも入浴の時間にさしかかりなお湿ったハンガーが残っていた。

予報を察しおそらく雨は降るまいと判断して
重たい洗濯物を庭に干しに出る。

両手を掴まれた目で仰げば、
街路樹の隙間から、
粗い手すき和紙に透かしたような満月の光が視えた。
洗濯物を物干に預けたあと、
同じ位置でしばらくその光を見上げた。

上空は風があるようだ、
移動する雲に阻まれながら
月光は同じ位置でその存在感を放っていた。

お月様大好きです

僕は、あなたがいる限り、孤独でない、と、今もいえるか? 
自分に問いかけた。

どっかで聞いたような話しはまた後にしてくれよ…

どのみち答えは極まっているので、あえて問い詰めはしなかった。

僕はとても疲れていた。

日中の作戦行動が過酷だったからである。


大隊本部内部のベッドを解体、
ベランダへの移送を敢行したのだ。
大隊本部のベッドは、過去子供が使っていた勉強机と一体化した
ロフト状のベッド部分を床に設置したものだった。
ベッド下にかなりの物量を格納可能なので、重宝していたわけだが、
多くの暗黒部分をそこに隠してもいる。

その内容もほぼ把握したので、いよいよ行動に出たわけだ。


以下は、退屈な作戦遂行記録である。


ベッドを移送する前にはまず、二つのミッションが控えている。

ミッション1、その側面に据えられているチェストを移動する。
ミッション2、ベッド下の暗黒部分に納まっている荷物をリビングに移動する。

ミッション1開始

チェストには僕の喫緊の衣服が収納してある。
自衛隊の潜水艦乗組員のチェストさながらに、
畳んで丸められたシャツがロールケーキの如く詰め込まれている。

このやり方だと、柄も一目で平面的に認知でき、
便利である。

いいね!オレ!

チェストは、制圧が進み、
それなりの平和を保っているリビングへ移動した。
そのままそこに置いてもいいくらいの自然さで納まった。
ミッション1終了

ミッション2開始
ここにある、数々の雑廃棄物のカタマリ数個。
これらを一旦リビングに移動。

平和なリビングが俄にジャワつき始める。

まるでその雑廃棄物の存在の発する声なき声に、
何かよからぬ精霊が目を覚ましたかのようだ。

でも今はそれを気にしている暇は無い。
ベッドを解体した跡地に、それをまた戻す計画だ。
ミッション2とりあえず終了

さて、いよいよ本作戦開始だが、
これは肉体勝負なので特に記す事はない。
立体構造を持った物体をを大まかに6つの平面パーツに分解し、
それをベランダに搬出した、以上である。

極度に疲労した以外は、異常なしといったところだ。

軽い昼食を挟んで、
ミッション2で移動した雑廃棄物を本部に移送したあと、
その分別に取りかかった。
その中には、昨年度マンションの管理組合に参加したときの
膨大なドキュメント類を入れた、
縦30cm横25cm厚みは30cmの布製黒バッグが含まれていた。

うつっていわれてるのに、よせばいいのに、
僕は管理組合の委員長をやってもいた。
すでに書いた事だが、
僕は昨年11月にこの地を離れたので、嫁にそれを委任していた。

それはともかく

この中に、この先必要なモノは、管理規約書のみである。

それ以外は、プラと紙に分別して出すことになるが、
ひとつ問題がある。

そのドキュメントには数々の個人情報が記載されており、
そのまま棄てるわけにはイカぬのイカ焼きなのだ。




僕は、管理人室に電話した。

 あのう、シュレッダーをお借りできますか?

返事はこうである

 えっと、こちらに来て頂ければかまいませんよ

もちろん、シュレッダーに本部まで出張ってもらう必要は無い。

僕は、分別した結果、厚さ約25cmのA4ドキュメントを、
カゴに入れてコロコロで運んでいった。
枚数は、1000枚以内ではあろうが、かなりの重量である。

 こんにちわ~

 あっどもども~

管理人さんは、東北の人だと僕は視ている、
朴訥とした、山形県人と青森県人のお二人である。

作業内容は、さっそく件の器材を示され、それを相手に、
僕は小一時間かけ、途中トイレ修理の見積もり業者さんの対応に10分ほど席を外しながら、
1000枚弱のA4ドキュメントをシュレッダーにかけた、以上である。

補足すべき点は、数点。

僕は塩梅を掴むまで、当所何度か紙づまりを起こしたが、
十分ほどたつと、一人の行者の心境で、
カゴから紙を鷲掴みし、
銀行員がするような手つきで膝の上で紙を捌き、
10枚前後を目分量で束の下から抜き取り、
硯に筆をおろすように、シュレッダーの口につけ、
ネコのあごをさするような柔らかさで手を離し、
次の十枚前後に着手する
という繰り返し作業の滑らかさに到達した。

シュレッダーは、青森さんが座って、
粛々と『管理組合からのお知らせ』の文案を作成中のデスクを左に、
そのドキュメントが印刷されるプリンターの右に、配した
その隙間にある。

青森さんが文案を印刷すると、
その出力紙を取り上げて渡す余裕も出てきた。

ひとことふたことのコトバのやり取り以外ないので、
僕は小さな音量で、iPhoneでスガシカオを聴きながら作業に没頭した。


なにもかも許しては欲しくない、美しすぎるコトバですべてを飾りたくない、
いつか空を引き裂くブルースで、塗りつぶしてしまおう僕の心、
君への手紙はちょっと遅れるかも、もう少し片付けたい事があるんだ
悪い予感は全部かき集めて
いまはただポケットに無理矢理おしこむんだ…






SPIRITの歌詞が静電気の如く心に刺さった。

紙様、ドキュメント様、

傍らで延々作られてきたあなた方を時を経て、
僕はいま、シュレッダーにかけております、
これも偏に個人情報保護とリサイクルの為であります故、
どうか、心安らかに、





それでも、それらの美辞をもってしても、なお、
青森さんの営為は、すっかり清算されるわけではないだろう。

僕の心の中に、徐々に、青森さんもまた、
ひたすら捌く行為に従事する、モノと情報の移動のなかの
行者の一人であるという認識が形作られていった。

いつか空を引き裂くブルースが、我々を解放してくれるだろうか。

作業を終え、夕食の買い物に赴き、トマト、なす、ひき肉のパスタソースを作った、トマトは、いつものホールトマト缶でなく、早々と表面がいたみ始めた産直のトマト五個をみじん切りにしておいたものを使った、試作的に人参一本を磨り下ろしていれた、比較すると、色合いはいつもより赤みが少なく、味わいは人参のぴりっと感が立った感覚で、野菜の風味が爽やかな味になった。

こうして昨日の出来事を書き記すうちに、
桃色の猶予い月夜はためらう事無く上空に去っていったのであった。






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