サンチャペル雑記帳 -6ページ目

サンチャペル雑記帳

神奈川県二宮町にある教会です

私達が、もっとも黙っていられない瞬間は、どんな時でしょう。神様に触れられた時?探しているものが見つかった時!誤解された時は、どうですか?

私達の主は、激しい誤解を受けても沈黙しました。それには、理由がありました。救いの道を開くためであり、十字架の道だったからです。

正しく裁かれる方に、全てを委ねていました。これが、クリスチャン・ウェイではないでしょうか。

主にある一人の女性がどのように寛容で、また親切で従順になれるかというのは、私達の希望です。

そしてまた、ボアズも思慮深い態度と目に見えない神様の働きを察知する事の出来た男性です。

神様と歩む時に、主にある人生の主役をしっかりと生きることが出来るのです。

社会の歯車の様に感じている男性は多くいます。時には使い捨ての労働力として、扱われることも実際に多くあります。

しかし、男性が主を恐れているならば、社会や家族は、暖かいものになるのではないでしょうか。

私達には、選ぶことの出来ない、家族があります。そこには麗しい夫婦の愛、親子の愛、兄弟愛が与えられるべきところです。

しかしながら、難しい人間関係、許しではなく、敵対関係、また、死別や病気等、様々な困難を伴います。

それでも、なお私達は、何かしらの繋がりや絆を求めて生きているのです。

ルツ記から信仰による家族の繋がりを教えられていきたいと思います。困難の中でこそ、私達を生かす繋がりがあります。先ずは、主と繋がることですね。
私達が、死に様を選ぶのは困難ですが、準備は可能です。心と体は切り離せません。肉体を鍛練すると、体はある程度の試練と強度に耐えられるようになります。

私達の心にみ言葉を蓄える事で、私達は様々なことに、慌てず、怒らず、焦らないで聞いて受け止め、人の言葉に反応するのではなく、対処できるようになります。そして、生活の中に、静かな平安を招く事が出来ます。

私達は、主の再臨を待ち望みつつ、自分自身の心と体を、明け渡していく準備が必要です。変わらないお方を見つめながら。
私達の人間関係の難しさは親子、兄弟、から始まって職場、学校にまで広がり最終的には地域や、国、民族にまで巻き込んでいきます。

今は、思想で繋がり始めていて、危険な思想を持った者同士が力を持ち始めています。それも、全ては違いを認め受け入れられない人間の罪深さから来ています。

肉食動物が、他の動物を殺して食べるのは生きるためです。しかし、人間は、思想や考えの違う人を殺します。

ルツ記は、難しいと言われている女性の人間関係…嫁と姑の関係に光を与えてくれます。私達は、どんな人間関係であれ、主の憐れみと慈しみによって希望をもってお互いを、尊敬できるようになるのです。