サンチャペル雑記帳 -4ページ目

サンチャペル雑記帳

神奈川県二宮町にある教会です

博士達が訪れたのは、すでにイエス・キリストが、立って歩いていた頃であると言われています。

赤ちゃんのイエス・キリストを見た羊飼い、まだ立って間もないイエス・キリストを見てひれ伏した、博士達。

そして、まだ見ることの無いイエス・キリストを、私達の主としている事実は繋がっています。

あたかも、神の民は、皆一様に見えない何かで繋がっているのです。

全ての神の民は、イエス・キリストに繋がっています。それは神の約束・神が私達と共におられるという奇跡です。

万物は、神様から出て、神によって立ち、神の元に帰ります。全ては、神の摂理の中です。
私達の人生は、誰のものでしょうか?多くの人々が、様々なものに縛られて、自分の人生を生きられません。

しがらみ、社会の規範、伝統、因習等々。本当の人生は、どこにあるのでしょうか。

答えはキリストの内にあります。言い換えますと、あなたの内側にあります。自分の心と向き合うのは、苦しいです。

しかし、痛みや苦しみ、悲しみを通して魂に至る世界があります。主の御霊は、あなたの鎖を断ち切り自由にします。

Surrender…明け渡す・降伏するとも、訳します。神様に明け渡し降伏するなら、あなたは自由になり、本当の人生を生きることができます。
祭司エリは、自分の息子達の事で心を痛めました。神様に、最上の捧げ物を、まず自分のものとして貪り、また神殿で様々な姦淫の罪を犯しました。

これは、霊的な世界の事だけではなく、現実に起こることです。子供達が、神様に仕えること、礼拝を重んじること、捧げること、祈り教えていきましょう。
イエスの系図が、なぜ存在するかというと、神が人として生まれたからです。この事実は、極めて重要です。

十字架上の身代わりの死…動物や植物、金銀や名声では、私の罪の身代わりになれないからです。

身代わりの方が、神であるというのは、深い真理です。神様が、人の罪のために命を捨てた…ここに愛があります。

人の系図の中に、神の命が吹き込まれました。これが、私達の救いなのです。
幼いサムエルは既に、聞く耳を与えられていました。これは、類いまれなる賜物です。それが、主からのものであるとわかり、その声に聴き従い始めた時が、彼の人生の始まりであり、天命のスタートでした。

クリスチャンであることと、聞く耳を与えられていることが、イコールでないなら、祈って、与えられたいですね。

信仰は聞くことから始まり、従うことは祝福です。