「アイ・フィール・プリティ」 | ソンブーンのブログ

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2020年9月28日(月)

 

日本テレビの深夜の映画番組「映画天国」で放映を録画しておいて観ました。

2018年製作の米コメディ映画。エイミー・シューマー出演。

肥満気味で異性にもてない女を自覚していた主人公が、フィットネスジムでの事故で頭を強く打って、その後遺症?で自分がとても美人でカッコいい女に変身したと思い込む。自分自身に自信を持った女性のその後がとても良い。自分に自信を持つと人生が好転することがあるかも!!

僕の本作品の評価は5点満点で3.7です。

 

ストーリー(作品の公式サイトより)

レネー・ベネット(エイミー・シューマー)は、ぽっちゃりでサエない容姿を気にして、自分に自信が持てない。高級コスメ会社リリー・ルクレアのオンライン部門に勤めているが、美しい社員たちが勤める華やかな本社ではなく、チャイナタウンの地下の小部屋においやられ、サエない毎日を送っていた。
 ある日、レネーは一念発起し、痩せるためジムに通い始める。しかし、トレーニング中にバイクから転落!その勢いで頭を強打し、失神してしまう。目が覚めたとき、レネーは自分の異変に気づく。なんと絶世の美女に変身していたのだ。しかし、それはレネーの思い込みであり、実際は何一つ変わっていなかった―。

 

ストーリー(ウィキペディアより)

レネー・バレットは化粧品会社(リリー・ルクレア社)のウェブサイト管理を行っていたが、周囲を困惑させるほど卑屈な性格であった。自分の容姿に自信がなく、謝罪してばかりの人生ではあったが、自分のオフィスが本社ではなくチャイナタウンのビルの地下室にあることだけには不満を抱いていた。その頃、ルクレア社は新しい受付嬢を募集していた。自分に魅力がないと思っていたバレットは当然のごとく応募してみようという気にならなかった。

そんなある日、レネーはソウルサイクルで汗を流していたが、自転車から落ちて頭を強打してしまった。意識を取り戻したレネーは自身が魅力的になっていることに気が付いた。事故前後でレネーの体型は一切変化していないのだが、審美眼だけが大きく変わってしまったのである。予期せぬ事故によって、レネーは自分に対する自信を得ることができ、幸福感に包まれた。精力的になったレネーは周囲との関わり方も変えていった。その第1歩として、レネーはルクレア社の受付担当に応募することにした。面接でレネーの自信に溢れた姿を見たエイヴリー・ルクレア社長は彼女を受付担当に起用すると即断した。本人も自覚していなかったことだが、レネーの対人関係能力は非常に高いものであったため、広報の職はまさに彼女の天職とも言うべきものだった。レネーの仕事ぶりを見ていたエイヴリーの兄、グラントは彼女のセルフ・マネジメントのやり方に関心を抱いた。

ある日、レネーが通っているクリーニング店にテレビ業界で働く(イーサン)がやって来た。たまたま目が合っただけなのにも拘わらず、レネーはイーサンが自分に一目惚れしたと確信し、無理矢理電話番号を交換した。その後、イーサンから電話がかかってきた際に、レネーは勢いでデートの約束を取り付けた。デートの最中、イーサンはレネーの振る舞いに恐怖を感じていたことを認めた。バーでビキニコンテストが開催されていることを知ったレネーはそれに参加することにした。イーサンは「参加者の多くが細身なのに、太めの体型の彼女が参加して恥をかかないのだろうか」と心配になったが、まさかそれを口に出すわけにも行かなかった。ビキニを着たレネーは壇上で自虐ネタを披露し、太めの体型を逆手にとってワイルドなダンスを披露した。コンテストで勝てなかったレネーだったが、その表情はどこか晴れやかであった。その理由をイーサンが尋ねると、レネーは「自分は魅力的だと知っているし、他人の評価なんて気にしない」と答えた。自尊心を抱けずに長年思い悩んでいたイーサンは、この言葉を聞いてレネーに惚れ込んだ。レネーとイーサンは真剣に交際することになり、そのままベッドインした。

ある日の会議で、レネーは新製品を床に落としてしまった。慌てて拾い集めたレネーだったが、ブラシだけはどうしても見つからなかった。エイヴリーはルクレア社の製品にブラシは付いていないと説明した。その説明を聞いてレネーは驚き、「一般的に、中流層の女性はメイク用の道具を揃えていません。だから、安価な化粧品を買う人たちはブラシが付いているものだと思って買うんです」とエイヴリーに言った。今まで高価な化粧品を買ってきたエイヴリーら重役陣にとって、レネーの指摘は盲点だった。この一件で、レネーに対する社内の評価はますます高まることになった。

時間が経つにつれて、レネーが自信過剰であることの弊害が目立ってくるようになった。彼女は他者に対する配慮を欠くようになってしまったのである。