映画「コッホ先生と僕たちの革命」 | ソンブーンのブログ

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8月17日(日)


ムービープラス放映を録画して観た。


2011年のドイツ映画。ドイツにおける「サッカーの父」と呼ばれるコンラート・コッホの若き日を描いた実話。ワールド・カップで世界一になったドイツサッカーの原点を映画化したものだが、新しいことを始める人は、旧守の古い考え方の人達の反対に会い、苦労するのは古今東西共通したことのようです。

特に、コッホがイギリス帰りであることが、フランスを普仏戦争で破り、勢いのあるドイツにおいては感情的な反感もあったと思う。映画の中で描かれるドイツの教育風景を見ていると、昔の日本に近い厳罰主義とスパルタ教育があることを知る。


コッホが教育に持ち込んだのは、単にサッカーというスポーツではなく、より自由でありながら、相手を尊重し、仲間を信頼するという精神的教育の根幹だったという気がしました。良い映画を観ることができたと思いました。


ストーリー(ウィキペディアより)

1874年。コンラート・コッホはイギリス留学を終えて[1] 母校のブラウンシュヴァイクにあるギムナジウム「カタリネウム校」にドイツでは初となる「英語教師」として赴任した。しかし、資本者階級の子息が多いこの学校では「反英主義」に傾倒する生徒たちが多く、イギリス帰りのコッホに対しては快く思わず授業を真面目に受けようとはしなかった。そんなある日、コッホは授業中に突然生徒たちを体育館に向かわせ、イギリスから持ち帰ったサッカーボールを見せ、当時ドイツではほとんど知られていなかったサッカーを教え始めた。はじめはやる気のなかった生徒たちもサッカーの面白さを知ると、サッカーを通じて英語も積極的に学ぶようになり、フェアプレイの精神と共に自由と平等の理念をも身につけて行く。そして、クラスのリーダー格で最もコッホに反抗的だったフェリックスもコッホを受け入れ、それまで執拗に虐めていたクラスで唯一の労働者階級の生徒ヨストとも打ち解けるようになる。しかし、そんなコッホをフェリックスの父親で地元の名士であるハートゥングは「反ドイツの社会主義者」と見なし、ありとあらゆる手を使ってコッホとヨストを追い出そうとする。そんな中、ヨストに呼び出されて屋敷を逃げ出そうとしたフェリックスが怪我をしたことでハートゥングの怒りが爆発、遂にヨストを退学させ、コッホをクビにする。ところがコッホが学校を去ろうとすると、そこにコッホのイギリス留学時代の友人がイングランドのサッカーチームの子供たちを連れて現れる。またちょうどその日は政府の役人がサッカーの教育への有用性を確かめるための視察にやって来る日であった。こうしてコッホらは政府の役人や地元の人々が見守る中、イングランドのサッカーチームと試合をすることになる。生徒らはクラスで最もサッカーのうまいヨストを呼び戻すと、ヨストの活躍でイングランドのチームを打ち負かす。地元の人々は歓喜し、はじめは「ドイツ的ではない」と否定的に見ていた政府の役人らも最終的には試合を楽しむ。この試合をきっかけに、サッカーはドイツの人々に受け入れられるようになったのである。