紀伊国屋で英語の教材をさがしていたら、
原不二子さんの本を見かけました。
「通訳ブースから見る世界」。
通訳をしてらっしゃる方たちは、とっくにお読みでしょうか。原不二子さんは、おん年66歳。三笠宮寛仁殿下の通訳官をはじめ、長年同時通訳として活躍されていらっしゃいます。「憲政の父」と呼ばれた尾形行雄のお孫さんですが、この世代の方にはめずらしくご家庭の方針でバイリンガル環境で育った方です。原さんのお母様もバイリンガル環境で育ち、1930年代にすでに通訳をしていらしたそうで、「英語ができればいつかは世界と連絡がとれる」という強い意識のもと、娘である原さんをバイリンガルにしたのだとか。当然のように原さんも若くして通訳の仕事を始められますが、通訳の先輩でもあるお母様からいつも「なんのために通訳をするのか」ということを考えさせられた、と書かれています。1975年、サイゴン陥落直前の南ベトナムから国会議員が来日して、祖国の戦況を訴える場面で通訳ブースに入っていらしたときのこと。原さんが「え~ベトナムといたしましては~」と訳していたら、お母様がブースに飛んできて烈火のごとく怒る。ベトナムがこれで最後かどうかと言うときに、いい気になってしゃべるな、彼らは理解者を得ようとして来日したのでしょう、あなたは話す人の気持ちを全然意識していない、彼らの国を思う情熱とか危機感がわからないのだったら、通訳なんてやめてしまいなさい、と。通訳は黒子だし、自分のカラーや判断を交えて話をしてはいけない一方で、話されている外国語が全くわからない人にとっては、通訳が発する言葉が全てなわけですよね。通訳は、言葉以上の背景や気持ちも伝えられなければいけないのだなあ、と。一国の一大事に関わるような大舞台の通訳を私がすることはないにせよ、通訳のはしくれとして、考えさせられました。原さんが育っていらした環境や経緯の部分だけでも、日本における「通訳史」を読むようでとても興味深いです。
原不二子著「通訳ブースから見る世界」ジャパンタイムズ刊
原不二子さんの本を見かけました。
「通訳ブースから見る世界」。
通訳をしてらっしゃる方たちは、とっくにお読みでしょうか。原不二子さんは、おん年66歳。三笠宮寛仁殿下の通訳官をはじめ、長年同時通訳として活躍されていらっしゃいます。「憲政の父」と呼ばれた尾形行雄のお孫さんですが、この世代の方にはめずらしくご家庭の方針でバイリンガル環境で育った方です。原さんのお母様もバイリンガル環境で育ち、1930年代にすでに通訳をしていらしたそうで、「英語ができればいつかは世界と連絡がとれる」という強い意識のもと、娘である原さんをバイリンガルにしたのだとか。当然のように原さんも若くして通訳の仕事を始められますが、通訳の先輩でもあるお母様からいつも「なんのために通訳をするのか」ということを考えさせられた、と書かれています。1975年、サイゴン陥落直前の南ベトナムから国会議員が来日して、祖国の戦況を訴える場面で通訳ブースに入っていらしたときのこと。原さんが「え~ベトナムといたしましては~」と訳していたら、お母様がブースに飛んできて烈火のごとく怒る。ベトナムがこれで最後かどうかと言うときに、いい気になってしゃべるな、彼らは理解者を得ようとして来日したのでしょう、あなたは話す人の気持ちを全然意識していない、彼らの国を思う情熱とか危機感がわからないのだったら、通訳なんてやめてしまいなさい、と。通訳は黒子だし、自分のカラーや判断を交えて話をしてはいけない一方で、話されている外国語が全くわからない人にとっては、通訳が発する言葉が全てなわけですよね。通訳は、言葉以上の背景や気持ちも伝えられなければいけないのだなあ、と。一国の一大事に関わるような大舞台の通訳を私がすることはないにせよ、通訳のはしくれとして、考えさせられました。原さんが育っていらした環境や経緯の部分だけでも、日本における「通訳史」を読むようでとても興味深いです。
原不二子著「通訳ブースから見る世界」ジャパンタイムズ刊