東京ってなんなんだろう。
超巨大=超集中的で、色んな側面があって。
下町も東京っぽい面だし、大都会も東京っぽさの出るところだし。

とりあえず、お金を使う街。
お金がないと楽しめない街。
裏返せば、楽しみはお金を使うところにしかないということ。
街全体がそういう風に出来上がってしまっている気がする。
なぜかはわからないけど。

大企業のせい?
経済発展ってこういうことなの?



土地との密着度もすごく薄い気がする。
もちろん町レベルではあるだろうけど。
「私はここにいるんだーー」っていうのが感じられにくいと思う。
なんでだろう。
どこに行っても同じものがあるからか。
でかすぎるからか。
好きじゃないからか。
町ごとの独自性というか特徴が薄いからか。
東京が生まれ故郷なのに、あんまそんな感じしない。
大都市すぎるから?外国人だから?

*バルセロナでは結構土地に根付く感じがあった。
そこに自分の人生が関与したことを誇りに思う感じ。
純粋に街が好きだからそう感じるんだと思う。
そしてそういう人は周りにもたくさんいた。
けど自分はあまりバルサで働きたくない。
バルサにはずーーっと私にとっての「夢の国」であってほしいような気持ちがあるんだと思う。
だとすると意外と根付いてないんだけどね。





なんであんなにビルばっかなんだろう。
上野の地図を見てて、ビルがうまい具合にいろんな形をしながらブロックごとに収まってるのが少し面白かった。
「マルイこんな縦長だったんだ~」って感じ。
小っちゃいものから超巨大なものまで。
ビルばっか。本当に。
ビルってステータスなの?
なぜ??
あんなただの塊が?



そして自然が少ない。
緑がないという意味だけでなくて。
なんか自然じゃない感じ。
創り上げた感じ。








シューカツをしてて面白いのは、色んな企業がやってることに目が向くこと。
今まで知らなかったこと沢山あるんだな。
あぁ、これこのグループだったんだ、とか。
この会社ここまで手伸ばしてたんだ、とか。
そしてなんでそっちの方向行っちゃったんだよ、と次の瞬間に思う。大体。


いや本当当たり前の話すぎて恐縮ですが企業の活動って本当に直で影響与えるよね、生活に。
まぁだからこそシューカツちゃんと向き合ってみようと思えたんだけど。
シューカツにっていうより日本の企業たちか。
向き合うというかとりあえず知っとかなきゃだめだよなっていうか。
嫌いとか言ってる場合じゃないよなっていうか。



うーん。
やっぱりまだまとまってないよな、色々。



とりあえず最近私の頭に浮かぶこと:
・土地と人との関係
・嫌いなものだからこそ知らなきゃいけないと思える
・生まれ育つということの大きさ
・シューカツと卒論がすごい深いところでつながってるなということ
・境遇と環境の違い



東京で生まれ育ってしまっただけに、
東京という土地との関係は強く感じられなくとも、
人間関係の基盤は東京にあるわけで、
文化の基盤も結局東京になってしまっていて(好きかどうかは置いといても)、
とするとただ「嫌い」とだけは言ってられず、
どうにか色々考えてロジックを立てないといけないんだと思う。
自分が楽にいられるために。
(これが「物語化」ですよね。笑)



帰国後に東京の生活に慣れるっていうのは実は一番ピンとこないフレーズでして。
そもそも東京で育ってるんだからここの生活が一番の基準にどうしてもなる。
けどやっぱりバルセロナっていう比較対象が生まれたから今までと同じようには東京を見ない。
そこで感じる色々なストレスはある。
けどストレス感じるよりはどこにいようがその生活を楽しんだ方がいい。
とすると自然と東京を受け入れる。今までと違った視点で見ながらも。
まぁそれが慣れるということなのかもしれないけど。
人間、慣れの動物ですからね。
抗いようがないプロセスであるならば尚更このプロセスを甘受いたします。
そしてこうやって表裏一体として「バルセロナが遠ざかる」というのもどういうことなのか、よくわかんない。




うん、とりあえず、結局まだ「東京」をつかみきれてないんだ。
だからロジック立たなくて、モヤモヤする。



「在日」の次に現れたのが「東京」だった。
私にとって同じタイプの問題だとすると、きっと解決するのは時間がかかる気がする。


そういえば関係ないけど、昔の自分がどんな立場をとってたかって、意外と思い出せなくて、怖くなった。
考えが変わるのは肯定派だけど。


ぐちゃぐちゃでごめんなさい。
とりあえず何か書きたかったんです。