こちらで、やっと国民国家とは何かっていうようなのを扱う授業に出会いました。
一応、ゼミでやろうとしていたことのメインでもあり、
バルセロナを留学先に選んだ理由の一つでもある。
まぁ、国民国家はどうしてできたのかとか、
ナショナリズムとは何か、人種とは何かとか、
結論を出すのはかなり難しいと思う。
(これも一般論的だけど)結局そういう概念は、実際に存在しない想像でしかないし、
都合よく概念の解釈も変えられちゃうから。
そして自分が思うのは、こういう人為的に作られた概念は、大抵同じように働くのではないかと思った。
ここからはあまり根拠のない、感想に近いものだけど、
例えば、小中の美術の授業の時に、
人間の体には絶対に直線はないから書いちゃいけない
って言われました。
例えば、自然の形を重視するガウディの建築にも、曲線が多く使われています。
人間も、明らかに見た目が違う人たちがいるのも事実。
だけど、同じように見える人たちの中にも違うものが混ざってたり、
違うように見える人たちの中にも同じものが混ざってたり。
時間をさかのぼればさかのぼるほど、わけがわからないくらい色んなものの混合だと思う。
結局、人間のいかなる部分においても、
つまり、身体的にも、社会的にも、
絶対に境界線は引けないんじゃないか。
ということが言いたいのです。
(腕と肩の間に境界線を引けないように、本当は色んなものに境界線なんて引けない。)
でも、社会を機能させるためには、きっとある種の分類は必要。
色々すっきりさせるために。
悪く言うと、人それぞれの違いを無視して単純化するために。
どこから今のこういうシステムが来たかはまた別の話だと思うので置いといたとしても、
少なくとも、今現在の社会はこう動いてると思った。
そして、このシステムは結構「便利」なんだと思う。
特に上の人たちにとっては。
そしてきっとこの考え方やシステムをなくすのはなかなか大変だと思う。
これに代わるシステムが見つからない限り。
(そしてシステムは、システムでしか乗り越えられない気がする。)
だとしたら、きっとできることは、
少なくとも今ある分類や社会の機能が、
人為的な考えの上に成り立っているということを忘れないことではないか。
確かにいま色んなところに境界線が「あるという前提」の上で社会は動いてるけど、
見えない奥底には、もっと自然な、
ごちゃまぜの社会もある。
そういうことを忘れないでいる。
まずはそこからなんじゃないかなぁ、と。
でも、こういう風に色々考えるけど、卒論にはつながらない考え方なんですよね~~。
どうしましょう。
一応、ゼミでやろうとしていたことのメインでもあり、
バルセロナを留学先に選んだ理由の一つでもある。
まぁ、国民国家はどうしてできたのかとか、
ナショナリズムとは何か、人種とは何かとか、
結論を出すのはかなり難しいと思う。
(これも一般論的だけど)結局そういう概念は、実際に存在しない想像でしかないし、
都合よく概念の解釈も変えられちゃうから。
そして自分が思うのは、こういう人為的に作られた概念は、大抵同じように働くのではないかと思った。
ここからはあまり根拠のない、感想に近いものだけど、
例えば、小中の美術の授業の時に、
人間の体には絶対に直線はないから書いちゃいけない
って言われました。
例えば、自然の形を重視するガウディの建築にも、曲線が多く使われています。
人間も、明らかに見た目が違う人たちがいるのも事実。
だけど、同じように見える人たちの中にも違うものが混ざってたり、
違うように見える人たちの中にも同じものが混ざってたり。
時間をさかのぼればさかのぼるほど、わけがわからないくらい色んなものの混合だと思う。
結局、人間のいかなる部分においても、
つまり、身体的にも、社会的にも、
絶対に境界線は引けないんじゃないか。
ということが言いたいのです。
(腕と肩の間に境界線を引けないように、本当は色んなものに境界線なんて引けない。)
でも、社会を機能させるためには、きっとある種の分類は必要。
色々すっきりさせるために。
悪く言うと、人それぞれの違いを無視して単純化するために。
どこから今のこういうシステムが来たかはまた別の話だと思うので置いといたとしても、
少なくとも、今現在の社会はこう動いてると思った。
そして、このシステムは結構「便利」なんだと思う。
特に上の人たちにとっては。
そしてきっとこの考え方やシステムをなくすのはなかなか大変だと思う。
これに代わるシステムが見つからない限り。
(そしてシステムは、システムでしか乗り越えられない気がする。)
だとしたら、きっとできることは、
少なくとも今ある分類や社会の機能が、
人為的な考えの上に成り立っているということを忘れないことではないか。
確かにいま色んなところに境界線が「あるという前提」の上で社会は動いてるけど、
見えない奥底には、もっと自然な、
ごちゃまぜの社会もある。
そういうことを忘れないでいる。
まずはそこからなんじゃないかなぁ、と。
でも、こういう風に色々考えるけど、卒論にはつながらない考え方なんですよね~~。
どうしましょう。