言語を学ぶということについて。
今の日本の大学に入ったころだったような気がします。
ある人に、そしてその人は外国語を勉強してるわけではないんですが、
「言語はしょせんツールでしかない」
と言われました。
年上だったし、自分もまだ若くて自分の考えなんてあんまなかったし、
反論しようなんてことすら思いませんでした。
でも、この前、なぜか、ふとそのことを思い出しまして。
思ったことは、
「言語をツールにするのがいかに難しいか」
ということです。
ツールにするって、言語そのものには支障がないレベルってことでしょう。
それがいかに難しいか…。
うちの大学入ったからってみんながそのレベルに行くわけではないし。
まぁ多分そんなことも、うちの大学の目的ではないと思うけど。
もちろんそういう仕事もたくさんある。
通訳だったり翻訳だったり、海外で仕事してたり。
確かにうちの大学行ってればそういう仕事に限りなく近づくのは確か。
けど、そんなレベルに行くための大学がうちの大学ってことではないと思う。
通訳養成学校ではないので。(もちろんそういうプログラムやら授業は一部あるけど。)
結論から言いますと、まぁかなり一般論的になりますが、
「言語を学ぶということは、その言葉が話されている地域の文化を知るということ」
だと思います。
地域文化研究ってそういうことなんだろうなぁって。
まぁなんて今更なんでしょうって自分でも思うけど。
でも、多分、こっち来て、文化を知って理解することの難しさにぶち当たったからこう思ったんじゃないかなとも思います。
その土地の文化だって、ある程度のことは日本にいたって知ることはできます。
でも、実際に経験はできない。
しかも、違う土地の文化って、同じ地球上にこんなにも違うものがあるのかってくらい違ったりする。笑
そういうのはなかなか日本ではわからないと思う。
逆に言うとね、文化を知らないと、言語のレベルも一定レベル以上上がらないとも思うんです。
もちろんある程度の基礎は日本で勉強できるし、
むしろ最初は母語を使いながらのが外国語は学びやすいと思う。
文法は文法でやんなきゃ話になんないし。
基礎単語覚えずにはやってけない。
けど、それだけでもだめだと思う。
起きる時間、
朝ごはんの食べ方、
街の大きさ、
家の中の間取りやら装飾やら、
洗濯物の干し方やら、
大学の休み時間の過ごし方、
昼ごはんの食べ方、
学食のメニュー、
コーヒーの種類やら飲む頻度、
サンドイッチの種類やら食べる頻度、
お酒の値段、
飲み会の仕方、
遊び方、
などなど。
そもそも文化って、行事だけじゃなくて、こういう日常も大きな文化。
そしてその中に挙げきれないほどの違いがあって(大きいのも小さいのも)、
言語うんぬんを置いといて、それをしるだけでもかけがえのない経験だと思う。
けど、同時に、そういうのを知っていくことで覚えていくのもまた言語だと思う。
この前、こっちの人に、そしてその人はもう60歳くらいだけど大学で勉強してて、
「あなたの留学の目的はスペイン語のレベルををあげることでしょう?」
と半ば断言した言い方をされた。
少し違和感を感じました。
もちろんそれもそうだけど…
自分の考えとしては、
「一定のレベルに来たら、あとはどう使うか」
じゃないのかなと思っているんです。今は。
極端な言い方かもだけど、留学中に得られるレベルはある程度で、
それで、将来どうスペイン語とかかわっていくかが決まったら、
そのとき、その範囲でのスペイン語を伸ばせばいいのではないかと。
今は、もっといろんなことを見たりしたりするのが大事なんじゃないかと。
この考えは甘いのか?
でも、韓国語でさえ母語として感じられないからこそかもしれないけど、
私はどちらかというと、外国語が母語に近づくのはかなり難しいと思ってしまう。
だから、外国語は外国語って結構割り切ってしまう…。
例えば今は、やっぱり生活のメインは大学と友達と出かけたりすることで。
だから、その範囲でのスペイン語は伸びてる。
レポートや試験もちゃんと英語ではなくスペイン語で書いてるし。当たり前だけど。
でもだからと言って、会社で働いたら問題ないわけではない。
けど、今のレベルがあれば、ちょっと経てば会社でも慣れると思う。
もし南米で働くなら、南米のスペイン語も違うけど、
まぁ今のベースがあれば、少し経てば慣れるんじゃないかと思う。
…この考えは甘いのか?
よくも悪くも、言語はやっぱり慣れが大事だと思う。
これ以上書くと話がそれる気がしてきた。
要は、言語を学ぶためにも、視野を広げるためにも、文化を学ぶのは大事。
そして、今自分が接している文化の範囲では、上げられるスペイン語のレベルには限りがあるのではないか。
文化を広げながら言語のレベルも上げるならいいけど、言語のレベルだけ上げる必要はあるのか。
しかも喋るとか自分の意見を言うってなると、言語だけじゃなくて性格とかの問題にもなってくると思うし。
…とまぁ、甘っちょろい考えをしているということです。
[追記]
私が言語だけを学ぶのでは意味がないということで言いたかったのは、単語帳とにらめっこでは意味がない、ということです。
そして文化を知ることの意味は、その文化での思考回路がわかるという意味があると思います。
そしてその思考回路がわかってくると、より多くの表現が入ってくると思うんです。
そしてそうやってどんどん色んな表現や単語に出会っていくうちに、同様状況で使われるのかもわかってきて、それでニュアンスなんかもわかるようになると思うんです。
単語帳の勉強を離れてその地でその言語を勉強する意味は、ここにあるんだと思います。
今の日本の大学に入ったころだったような気がします。
ある人に、そしてその人は外国語を勉強してるわけではないんですが、
「言語はしょせんツールでしかない」
と言われました。
年上だったし、自分もまだ若くて自分の考えなんてあんまなかったし、
反論しようなんてことすら思いませんでした。
でも、この前、なぜか、ふとそのことを思い出しまして。
思ったことは、
「言語をツールにするのがいかに難しいか」
ということです。
ツールにするって、言語そのものには支障がないレベルってことでしょう。
それがいかに難しいか…。
うちの大学入ったからってみんながそのレベルに行くわけではないし。
まぁ多分そんなことも、うちの大学の目的ではないと思うけど。
もちろんそういう仕事もたくさんある。
通訳だったり翻訳だったり、海外で仕事してたり。
確かにうちの大学行ってればそういう仕事に限りなく近づくのは確か。
けど、そんなレベルに行くための大学がうちの大学ってことではないと思う。
通訳養成学校ではないので。(もちろんそういうプログラムやら授業は一部あるけど。)
結論から言いますと、まぁかなり一般論的になりますが、
「言語を学ぶということは、その言葉が話されている地域の文化を知るということ」
だと思います。
地域文化研究ってそういうことなんだろうなぁって。
まぁなんて今更なんでしょうって自分でも思うけど。
でも、多分、こっち来て、文化を知って理解することの難しさにぶち当たったからこう思ったんじゃないかなとも思います。
その土地の文化だって、ある程度のことは日本にいたって知ることはできます。
でも、実際に経験はできない。
しかも、違う土地の文化って、同じ地球上にこんなにも違うものがあるのかってくらい違ったりする。笑
そういうのはなかなか日本ではわからないと思う。
逆に言うとね、文化を知らないと、言語のレベルも一定レベル以上上がらないとも思うんです。
もちろんある程度の基礎は日本で勉強できるし、
むしろ最初は母語を使いながらのが外国語は学びやすいと思う。
文法は文法でやんなきゃ話になんないし。
基礎単語覚えずにはやってけない。
けど、それだけでもだめだと思う。
起きる時間、
朝ごはんの食べ方、
街の大きさ、
家の中の間取りやら装飾やら、
洗濯物の干し方やら、
大学の休み時間の過ごし方、
昼ごはんの食べ方、
学食のメニュー、
コーヒーの種類やら飲む頻度、
サンドイッチの種類やら食べる頻度、
お酒の値段、
飲み会の仕方、
遊び方、
などなど。
そもそも文化って、行事だけじゃなくて、こういう日常も大きな文化。
そしてその中に挙げきれないほどの違いがあって(大きいのも小さいのも)、
言語うんぬんを置いといて、それをしるだけでもかけがえのない経験だと思う。
けど、同時に、そういうのを知っていくことで覚えていくのもまた言語だと思う。
この前、こっちの人に、そしてその人はもう60歳くらいだけど大学で勉強してて、
「あなたの留学の目的はスペイン語のレベルををあげることでしょう?」
と半ば断言した言い方をされた。
少し違和感を感じました。
もちろんそれもそうだけど…
自分の考えとしては、
「一定のレベルに来たら、あとはどう使うか」
じゃないのかなと思っているんです。今は。
極端な言い方かもだけど、留学中に得られるレベルはある程度で、
それで、将来どうスペイン語とかかわっていくかが決まったら、
そのとき、その範囲でのスペイン語を伸ばせばいいのではないかと。
今は、もっといろんなことを見たりしたりするのが大事なんじゃないかと。
この考えは甘いのか?
でも、韓国語でさえ母語として感じられないからこそかもしれないけど、
私はどちらかというと、外国語が母語に近づくのはかなり難しいと思ってしまう。
だから、外国語は外国語って結構割り切ってしまう…。
例えば今は、やっぱり生活のメインは大学と友達と出かけたりすることで。
だから、その範囲でのスペイン語は伸びてる。
レポートや試験もちゃんと英語ではなくスペイン語で書いてるし。当たり前だけど。
でもだからと言って、会社で働いたら問題ないわけではない。
けど、今のレベルがあれば、ちょっと経てば会社でも慣れると思う。
もし南米で働くなら、南米のスペイン語も違うけど、
まぁ今のベースがあれば、少し経てば慣れるんじゃないかと思う。
…この考えは甘いのか?
よくも悪くも、言語はやっぱり慣れが大事だと思う。
これ以上書くと話がそれる気がしてきた。
要は、言語を学ぶためにも、視野を広げるためにも、文化を学ぶのは大事。
そして、今自分が接している文化の範囲では、上げられるスペイン語のレベルには限りがあるのではないか。
文化を広げながら言語のレベルも上げるならいいけど、言語のレベルだけ上げる必要はあるのか。
しかも喋るとか自分の意見を言うってなると、言語だけじゃなくて性格とかの問題にもなってくると思うし。
…とまぁ、甘っちょろい考えをしているということです。
[追記]
私が言語だけを学ぶのでは意味がないということで言いたかったのは、単語帳とにらめっこでは意味がない、ということです。
そして文化を知ることの意味は、その文化での思考回路がわかるという意味があると思います。
そしてその思考回路がわかってくると、より多くの表現が入ってくると思うんです。
そしてそうやってどんどん色んな表現や単語に出会っていくうちに、同様状況で使われるのかもわかってきて、それでニュアンスなんかもわかるようになると思うんです。
単語帳の勉強を離れてその地でその言語を勉強する意味は、ここにあるんだと思います。