うーん。少し気分が落ちてしまってる。




正直、バルセロナの生活がどうこうもあるけど、同じように留学してる日本の大学の友達の状況を見たりして焦る部分が多い気がする。

あの子は自分ができてないここができてるなー、あそこができてるなー、と。

こんなこと気にするなんて、思春期じゃあるまいし、という感じ。


でも今悩んでるレベルが子供みたいな気がする。









自分がどこに帰属するのかで悩み続けた高校時代。

思春期っぽく、どの”グループ”に属するかとかそういうのもあるけど、それ以上にもっと根本的なのは、自分が何人かということ。

結局何人でもないんだよね。

もう、それはどうしようもない事実。

でもよくいえば両方もしくは3つの文化を知っているということ。

そういう風に納得して、ふっきることができた。

すごく時間はかかったけど。

と同時に、「何人か」なんてことを気にしたくない、そもそもなんでそんなこと気にしなきゃいけないんだって思うようになって。








そういう、自分の存在に関するところで自分の主張をもてるようになったこともあってか、もしくは大学に集まってる子たちの考え方が似てるからか、大学はすごく居心地がよかった。

もう思春期じゃないから、”グループ”がなんちゃらとかそういうのも気にしないで平気。

何も悩みがない、と言えるくらい、本当に充実してたと思う。

問題はあったけど、解決策も浮かぶし、もんもんと悩む、という感じではなかったと思う。

居心地がよすぎたのかもしれない。








今はといえば、本当、くだらないレベルで周りを気にしてるな~と思う。

ファッションしかり、”グループ”しかり。


正直おしゃれはそんなに気を使ってない、というかそんな服持ってきてないし、気も使いたくないけど、それでも、こっちの子たちに馬鹿にされたくないから、彼らのファッションを観察してたり。

それで自分がそれにあてはまってなかったら、自分てダサイのかなって思ったり。

日本だったら、自分は自分て思えたのに。

今は、すごく周りを気にしてる。





”グループ”の話でいえば、ことはもっと複雑。笑

最初に仲良くなったのがアジア人。韓国と香港。

だから今でも結構つるんでる。

寮も一緒だし。

別にそれ自体は全く問題ないんだけど。

でも、香港の子たちはスペイン語ゼロ。

自分は、できればもっと地元の友達、もしくは留学生でもスペイン語を話す友達を増やしたい。

正直、香港の子たちと一緒にいると、必然的にスペイン語を話す機会が減る。

出会う機会も減るし、話す機会も減るし。

だから必然的に英語になるんだけど、そうすると今度は自分がおいてかれる。

彼らに合わせて、自分がおいてかれる。

でも、かといって、アジア人のコミュニティーを離れたら他に落ち着ける場所はまだない。

友達がいないわけではなく、落ち着ける場所がないということ。

「まぁ、そのうちできるだろう」って思って、最初はアジア人のコミュニティーも大事にしてたけど、スペイン人とのコミュニティーっていつできるんだろう?って思ってから、焦ってしまっている。

そしてたとえできたとしても、きっと今のアジアのコミュニティーとはきっとあまり深いつながりにはならない。

ありえるとしたら、スペイン語話せる子たちだけになると思うし、そうしたいとも思ってしまう。

けど純粋に友達として大事なアジアの子たちを、そうやって戦略的に?考えてしまう自分もいや。

でも、正直なかなかスペイン人に出会えない今の環境もいや。





韓国のこたちはどうかというと、言葉てきに英語はよりはずーーーーっとましだから、より親近感は湧いたりする。

けど、韓国の子たちといると韓国語を話すけど、やっぱりネイティブじゃないっていうのは、長い目で見るとやっぱりストレス。

すーーーっごく親近感もあるくせに、やっぱり韓国で生まれ育った子たちとは違う。

その感覚が、なんとなく高校時代の悩みを思い出させる。

極めつけは、恒例の”お食事会”。

みんなで集まってご飯食べるのがよくあるんだけど(韓国人だけに限らず)、真上に住んでる子(韓国人)の部屋で、韓国人だけでやることも多くて。

違う場所でやるならわかるけど、真上でやってるなら呼んでくれたっていいじゃん、と思ってしまう。

机とか動かす音聞こえるからFacebookで写真を見なくてもわかるんだよね~。なんて。

やっぱり自分は韓国人だと思われてないからなんかな~。なんて思ったりして。



こんなことも、日本だったら考えなかったのにな~。

誰が誰といようと、気にしない。

そこに入りたければ入るし、一人でいたければ一人でいるし。

まぁ新しい人間関係だからこう感じてしまうのは当たり前なのかな。

それとも、この場合「韓国」というのがひっかかるのかな。

結局自分は、”両方”ではなくて、”どっちでもない”と言われているというか。

むしろあきらかに日本人の方が、自分の体にしみこんだ文化を共有してるから楽なんだけれども。

でも、こうやって何人かっていうのを考えてしまうのがすごくいや。





国籍、国家、文化って全然違うレベルの言葉だと思う。

日本は全部一緒だからわかりづらいけど。

自分の場合、韓国人っていうときは韓国の文化を持った子って意味あいが強い。

けど、なんとか人っていう表現はすごく嫌い。

だってそういうのをいちいち気にする考え方が嫌いだから。

でも、やっぱり文化って全然違うから、住んだ場所が違ければ、色んなものが全然違うのは当たり前だし、それは否定すべきことではないんだと思う。

でも、日本も韓国もだけど、文化と国が一致してしまうことが多いのが厄介。






てかそもそも自己紹介のときに、日本出身だけど韓国人だよ~というのが正直抵抗ある。

日本から来たというのが一番伝えなきゃいけない情報。

だって自分は日本の文化を持ってるから。

それに、こっちの人は大抵生まれ育った場所を気にする。

よく自分の生い立ちを話すと日本人じゃん、と言われるし。

要は出生地主義なのよね。

でも一応韓国人です、と付け加える。

説明しないと不便なときもあるし、日本人ではない、という意識も自分の中に持ってしまうから。

でもそうやって自分がどこの国の人間か、というのを考えるのがすごく嫌。

でも、国とかにこだわりたくないのにこだわってる自分がいる。本当矛盾してると思う。







うーーーーん。

やっぱり自分は韓国人じゃないんだろうな。

もう日本人と言おうか。

日本が血統主義だから悩むんだよなーきっと。

出生地主義だったらどうだったんだろう。

それでも同じこと考えたのかな。



こんなときに、話したい人と連絡がとれないのもすごくストレス。

あーーー。




もういいや。

とりあえず、勉強して、スペイン語の壁を低くして、スペイン人のコミュニティーに入れるようにしよー。