私は留学に行く。

もうこれはほとんどの人が聞き飽きたことかな。

でも、留学の話になるとよく聞かれるのが、

「なんで留学するの?」

という質問。

私はこれにうまく答えられない。

自分の周りは、外語という環境もあってだと思うが、留学に行く人が本当にたくさんいる。

留学に行く方が当たり前みたいな。

だから、いちいち友達になんで留学に行くのかなんて聞いたことはほどんどない。


けれどもひとたび外に出れば、やっぱり留学する人って、少なくともマジョリティーではないわけで。

そういう環境にあると、やっぱり上のような質問はよくされる。

私はうまく答えられないので、適当にごまかすときがほとんどだけど、今日はかなりつっこんだ質問をされてしまった。

相手が高校の同期ということもあってか、なんとなく適当にごまかすことはできなかった。



なぜ留学に行くのか。

正直、私にその答えはない。

というより、私にとっては、留学そのものが目的であるように思える。

何かのために、というわけではなく、とにかく留学に行きたい。

そんな気持ちが強いと思う。


もちろん、自分が留学に期待することがないわけではない。

一番期待することは、価値観を広げることだ。

すごくあいまいに聞こえるだろう。

そんな抽象的な目標じゃ留学やってけないよ、と言われるかもしれない。

でも、やはり自分の中で大きく存在する何かとは、これではないかと思うのだ。


価値観を広げるために、一つの手段として、スペイン語をもっと上達させたいとも思う。

なぜなら、やはり言語はその文化を知る一番の方法だと思っているから。

そして新たな文化を知るということは、自分の価値観を相対化させるとも思うから。

価値観を広げるために、カタルーニャ人とたくさん話をしたいと思う。

なぜなら、彼らのカタルーニャに対するアイデンティティーを知りたいから。

そしてカタルーニャという地域を知るために、カタルーニャ語も勉強したい。




今のスペイン語力で、「自分の専門の研究を進めること」なんてできるのか。

そもそも自分の専門なんて、まだない。

そんな状況で、留学に行く意味があるのか。

そもそも留学って何のためにするのか。

研究のため?

それなら自分は行かない方がいい。

経験のため?

それなら結局思い出レベルで終わってしまうのか。

結局自分の留学は、自分の価値観を広げはしたにせよ、社会的な意味は何も持たないのか。

家族に対してさえも持たないのか。


その答えはYESかもしれない。


それが自分にとっては恐怖でさえあったと思う。

自分だけでなく、周りにも大きな負担をかけて行く留学にもかかわらず、得るものは個人的な経験だけかもしれないということが。



しかし、留学の先に待っているものは、明らかに、今見えているものとは違うものであるはずだ。

そして自分が望んでいることも、今とは違うものが見えるようになることであるはずだ。

それならば、今、どんなに必死に考えたところで、留学の先にあるものなんて、見えるはずがない。

見えないことを認めることは、一歩間違えれば考えることの放棄である。

しかし、自分が留学に一番求めることは、「見えるようになること」のはずである。

それならば、見えない自分を常に意識しつつ、少しでも多くのものが見えるようになることが、留学中に自分のすべきことなのではないか。


そしてカタルーニャ人のアイデンティティー。

これこそ私のバルセロナを志望したもっとも大事な理由の一つであるはずだ。

それがどう活かされるのか、そんな「先のことはわからない」。

けれども、これが私をバルセロナへと突き動かしたものであるはずだ。



一般論はあくまで一般論。

他人の意見は他人の意見。

耳は傾けるべきであるが、自分の気持ちにこそ耳を傾けるべきであることを忘れていたのかもしれない。

そんな大事なことに気づかせてくれた友人、そして先輩に感謝したい。




追記:

そんな友人に、「まじで頑張ってこい!」と言われて、心が本当にじわーーっときてしまった。

私は、自分自身が一皮むけるとき、いつも大量の涙を流してしまうみたいだ。