夫の日本語、私のラオス語 | いつかまたラオスで

いつかまたラオスで

親兄弟、友人にも話せない悩みを抱えつつ、いつかまたラオスで夫と暮らそうと考えていますが…。夫と話してみて夫を信じる自分がいたので、そんな自分を信じてみようと思ったから。

今はルアンパバンにも日本語学校がある。13年前に夫が日本語を勉強したいと思ったときはなかった。
夫が日本語を勉強しようと思ったのは、もちろん、私と会話したいから。私はかなりめちゃくちゃ英語で会話していたから。
夫は初めはルアンパバンで働く日本人(海外協力隊?)に教わったけれど、忙しいらしく、そうそう相手をしてくれない。
で、わざわざビエンチャンで探したけど、1日1時間程度。結局、私がビザの手配をして90日間、日本に滞在して勉強した。
その90日間、同居していたのに、夫に日本語を話させて、私はラオス語を勉強する気は、ほとんどなかった。
その後、結婚して夫は来日。日本で働きながら、日常会話は上達。私と、ほぼ日本語だけで会話するようになった。
出会いから14年、未だに私はほとんどラオス語しゃべれない。
ラオスに移住することになると分かっていたら、若いうちにラオス語勉強していただろう(たぶん)。
いまさら新しい言語の習得なんて、年取りすぎたし、もともと社交的じゃないから、ラオス人の中に放り込まれても話なんてできないよ。
でも移住するなら、自分の居場所は自分で作らなきゃ。