ツインレイの相方と出会う人たちは、試練が多いと言うけれど、私は生まれた瞬間から試練の連続です💦
1975年、離島の田舎町で両親と兄のもとへ誕生。
予定より40日早い早産で1700gの未熟児だったため、保育器に3ヶ月入れられる。
『保育器に酸素を入れると未熟児網膜症になり目が見えなくなる』
と産婦人科医に言われ、低酸素の保育器へ。
3歳になっても歩かない私をおかしいと思った両親は、ありとあらゆる病院、ありとあらゆる神霊治療に通わせるが何も変化はなく
4歳で『脳性小児麻痺』と診断され、身体障害者手帳を交付される。
離島では治療ができないため
5歳のとき家族で本土へ引っ越す。
生まれつきの障害だと言われていたけど
28歳のある日
テレビに出ていた医師の会見を見ていて
『低体重新生児を保育器に入れる場合、酸素が多いと未熟児網膜症で視覚障害、低酸素だと脳に障害が出るので脳性小児麻痺になる。保育器の酸素は注意深く量を考える必要がある』
と言う発言を聞き、自分の障害が低酸素保育器に入っていた時の医療ミスだったと気づく…。
私の場合は、脳の運動機能を司る部分が酸素不足により壊れたと考えられる。
それ以外に障害はない。
普通は障害児支援学校に入学するけど
私がどうしても嫌だと言ったため、学校や市と話し合いを重ね
当時は珍しかった普通の小学校へ入学。
7歳で足の手術を受けるも、普通に歩けるようにはならず。
小学校高学年になり、壮絶なイジメに会う…。
『どんな時も笑顔でがんばれ』と母から言われて育ったが
『いつもニコニコしていい子ぶりやがって頭にくる』それがいじめられる理由だった…
中学から短大まで地元で過ごし、就職も地元ではかなり大きな企業に就職。
ここでもまた酷いパワハラや先輩たちからの壮絶なイジメにあう。
ストレスで1年間、生理が止まり診察を受け
25歳で卵巣の病気がわかり手術。
36歳で鬱病を患い、自殺未遂。
しばらく休職したのち38歳の夏に18年勤めた会社を退職。
同じ年の38歳の秋、今の会社に再就職。
ここでも最初の上司からパワハラとセクハラを受け鬱になり自殺を図り…休職。
退職すると決めて、辞表を提出しましたが
会社から『上司を変えるから退職は待て』と引き留めにあい
新たな上司としてやってきたのが
ツインレイの彼でした。
私が高校を卒業する頃から兄が多額の借金を作り、両親から資金援助はしてもらえないので短大は奨学金を借りて通いました。
私が就職してからは、兄の借金を私も被ってしまい、返済に追われる日々。
返しても返しても兄が借金をこしらえてくる…地獄のような毎日。
また、私が小さい頃から
父がお酒に酔うと暴力を振るう家庭で、父の顔色を伺ってビクビクしながら育ちました。父も歳を取り、亡くなる一年くらい前はお酒も飲まなくなり穏やかでしたが。
お酒を飲まなければ、優しい良い父でした。
兄の借金で実家が無くなったので
私が23歳でマンションを購入し、そこに家族で住んでいましたが、兄の借金が無くなることはなく。
私が43歳の時に、勝手にマンションを兄に売却され、その売却して出たであろうお金は全て兄に取られてしまいました…
そして2019年の秋、44歳で今の家を新たに建てました。
そこに2022年の秋から、兄が同居中です…
もちろん兄は家に生活費は入れてくれないので
…衣食住、私が面倒を見ている状態。
兄は借金返済と、別れた妻子への養育費でいっぱいいっぱいで、私にまわすお金は無いのです。
こうやって文字起こししてみると
つくづく自分の人生って何なの?って思います。
別に不幸自慢してるわけでは無いです。
ただ、身体が健康で御体満足であること
両親、兄弟に借金などもなく、みんな仲良く平和であること
職場で上司や同僚と問題もなく過ごせること
何気ない日常が一番幸せなんだと
本当に思います。
ダメ兄貴でも、兄妹なので見捨てるわけにはいかない。必ず立ち直ってくれ…といつも思っています。
父が亡くなって母ひとりになってしまったので、
母にはお金の心配はかけず幸せに長生きしてほしいと心から願っています。
でも…
『神様、もうそろそろ試練はいらないです。辛い人生は、もうおなかいっぱいです😅』