黒歴史が多すぎてつらい② | うつ病は免罪符!?

うつ病は免罪符!?

闘病生活を出来るだけリアルに描きたいと思います。

成人式の着物を探す 後編




数か月後、出来てきた着物を見て、母・祖母は驚愕。

①アイロンの掛け間違いのようなしわと汚れ

②長じゅばんが見本と全く違うものが届く


楽しみにしていた気持ちが重なり、母たちは激怒していた。

私はこの時はしわもそんなに目立つものではなかったし、

長じゅばんにはこだわりもなかったので、そこまで怒っていなかった。


しかし母は納得ができず、

私と紹介者(母の友人の母親・70歳くらい)のおばあちゃんを連れて、

反物屋へ乗り込んだ


反物屋はうちは一切悪くないの一点張り、

その上紹介者が反物屋の味方をし出して、

「しわは丁寧にアイロンを私が掛けてあげる。消えるから大丈夫」(実際消えなかった)

「じゅばんは元のより高いものだから」と言いだす始末。

母は友人との付き合いもあるので、それ以上は言えず、怒りを抑えた。


私はとりま、その場が収まってよかったと思っていた。

しかし今思えば、そんな呑気に構えていた自分をひっぱたいてやりたい


その後、着物の帯の話になったのだが、

私は当然のように「赤い帯がいいです」と言った。

すると反物屋のババアは「赤い帯なんて存在しない」と言う。


無知な自分も恥ずかしいが、

赤い帯は赤地=赤字と言うことで、

縁起が悪いとされ、ほとんど作られていないのだということを初めて知った。


私は詐欺にでもあったような気分だった。

だって「赤い帯」が着物の決めてだったのに、まさか赤い帯など存在しないとは…。

着物業界で赤と言えば朱色らしいのだが、

明らかに朱色の帯は似合わない。


怒りで頭が真っ白になっていたと思う。

そんなときに紹介者から「どうしても赤がいいの?」と聞かれた。

私は当然「赤がいいんです」と答えた。


するとそう言った私を紹介者はわがまま娘とまくし立て、

母親に向かって「甘やかして育てたんだろ」「うちの孫は…」と責め始めた。


悔しくて悔しくて、着物をぶん投げてやりたかった。

そのうち「うちの孫が上京したときには、生活費なんて渡さなかった」とか意味の分からないことも言い始めるし

でもその紹介者とは母は争いごとを起こしたくないのだ


その店ではもちろん帯を買わなかった

帰りの車の中で悔しくて悔しくて号泣した


あの時にあのババア2人に何も言い返さなかったのが、

未だに悔しくて、涙が出てくる。

私の人生で1、2位を争うバカバカしさ。




その後、帯はと言うと、結局赤い帯は見つからなかった。


親戚の小さいころからかわいがってくれたおばさんや、

もう片方の祖母が自分たちの持っている帯を持ってきてくれて、

高価なものなのに「使って」と言ってくれた。


でもどれも奇抜な色が多く、着物に合わず、

どうしようか途方に暮れていると、

個人経営のクリーニング店に「中古着物販売」の文字を見つけた。

出てきたのは着物に割烹着姿の上品なおばあちゃんと、その娘さん。


おばあちゃんはとても温かい人柄で、

着物を見るなり「これならこの帯はどう?」と黒い帯を選んでくれた。

優しく簡単にだが着付けもしてくれて、その帯は本当に着物に似合っていたと思う。

私はその帯に決定した。

着物についてあったかい話をそのおばあちゃんがしてくれたことで、

その着物を嫌いになりかけていた気持ちがなくなったと思う。


未だにあの2人のババアとこのおばあちゃんを比べると涙が出てくる。

でも人生でこんなに悔しい想い、そうそうするもんじゃないと思った。


私はたまにふとこの話を思い出してしまって、眠れなくなってしまう。

黒歴史①