①の続きです。
②担当と現実
そして次の日私は彼の担当になったのだ。運良くそのあとすぐに彼に会う現場があった。担当にする前も色々な現場に会いに行っていたが担当になってからは初めての現場だ。団扇も2連で凝ったのを作った。そしてこれまた運が良すぎるのか席も良席だった。が。今とは見違えるくらいあの頃の彼は尖っていて良席の人をことごとく干していた。笑顔も少なく今よりずっと”クール”という言葉似合う人だった。
尖っていた理由は彼にしかわからないが前にいた4人組グループが解体して彼が出会ったのが”バカレア組”そう今のSixTONESだ。私が彼に再度出会った4月がそうバカレアの放送開始月だ。わたはバカレアで彼に再び出会ったのだ。グループ名はなかったもののそのバカレア6人括りでコンサートをする事が多くなっていた。私が担降りを決意した時も、その6人は東京ドームで一緒に歌っていた。次デビューするのはこの6人!と持て囃されていた。が、デビューはなく、むしろ私が担当になった時から2:4に分かれ始めたのだ。
それも格差のある分かれ方をした。雑誌も2人で3.4ページ、連載まで貰っていたのに4人は4人で1ページなんてザラだった。いない雑誌もあったかもしれない。私の担当は推されていた方だったけど他の4人をみるのが少々いたたまれなくなってはいた。つまり彼は2回もグループ解体にあっていた。からなのかJrは1度は尖る時期ってのがあるのかもしれないのか。推されいてもデビューは諦めていたのか。本人しかそれはわからないが尖ってたのは事実で初めての現場で全く構ってもらえなかったのだ。代わりに後ろについてくれていた子たちと遊んだ。そのバックについてくれた子たちはもうほとんど残ってはいないけれどJr担としては楽しかった。
けどやはり担当は彼だ。今度こそ彼の視界に入りたい。そう目標にして、頑張る日々が始まった。非合法な手段で現場に入ったりも沢山した。(今はしてないけどね)そうして少しづつだが視界にいれてくれるようになって幸せにもしてもらった。けど何せその頃は会う現場が少なかった。夏のEXは今だと当たり前だが最初のEXは2月だった。だから後に毎月のように現場ができたのは嬉しかった。私を昔から知ってる人は、よくわかると思うが本当にJrの現場がなかったので口癖が”現場ください”だった。
会える機会も少ないならやはり浮気もする。私の中の黒歴の年だ。虎の子だったりラブの子だったり。無所属の子にも言い方は悪いが手をつけた。もはや誰が担当なの?と周りに言われるくらいその子たちに会いに行った。そしてその子たちが今度は推しになった。だけどやっぱり”担当”という存在は大きいかったのか全く降りようとは思わなかった。むしろこんなに浮気していちゃいけないと思い始めた。だから決意した。会う現場は少ないかもしれないけど来年からしっかり担当をしようと。
③へ続く....