改めて、うちの親、頭良い子、頭良い人になる様、
俺が幼稚園児の時から、布切れの保管の方法、ビデオのメーカー(sharpのビデオに俺は幼少期写ってた。)でしてたんや、と、断捨離してて、改めてわかった。
何って、袋(もう、色褪せたコープの)に、布切れ入れて、うちの母と、俺と、他多数の同級生の母親達の紙粘土を作るための名入りの紙が、昭和59年の市役所からの封筒に、幼稚園の印鑑押してあって、うちの名字書かれてる封筒が入ってたのが出てきた。
俺は、その通り、頭いいの評、自称も他称(年賀状で)も、中学三年まではあった。高校一年の担任の日本史担当の教員には、罵倒され、意味半減ぐらいになった。
他、ググって、thickの英単語は、出てくる。まだ、スマホなんて、出来の前の時の頃。喜哀の哀の方が多い事に、中学2年の長髪解禁になってからなった。
大学でも、生協はあったからなのだが、俺以外で、1人高専卒業したの知ってる。その布切れの中に、名前入りのタメのおばちゃんの名入り。
流石に、色褪せたのは、輝きを失ったりの意味なので、コープのは、捨て、袋はダイソーのに、移し変えた。
もう、スマホの事も、お魚天国の曲のこともできた(英訳もある)ので、とりわけお魚天国だと、猫のことが関わる。まっ、その布切れ入りの袋に、他の誰かの名前入れるのできる。
うちの母の実家は、曹洞宗、で、嫁いで来た先は、浄土真宗。(息子は中山身語正宗にも名前あったが、無宗教宣言してってる。)
長文になったので、この辺りで。
