本日まさかの3投稿目。
なんだか今日は筆が進む。暇だからかな。
週末やらなければいけない仕事が運よく先方都合で先送りになり、
思いがけず気持ちの軽い夜を過ごせている。
そう考えると、私の気持ちの浮き沈みは、メンタルの病気とかではなく
単に仕事量に左右されているだけなのでは?
でも前は今の5倍以上仕事があっても、元気よくぶつかりに行ってたけどなあ。
じゃあ、私が衰えただけ?
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せっかくだから過去のつらい話も少しずつここで話そう。
私の父はうつ病で10年ほど前に亡くなった。
うつ病は、それ単体のみで命を落とす病気ではないので、
まあ詰まるところ自殺してしまった。
私が22歳の時だった。(23歳だったかもしれない)
それ以降、春がとても苦手になった。
ただでさえ当時の空気を思い出させられるし、花粉で頭もぼーっとして
毎年繰り返し、何年たっても、あの日に戻っている気分になる。
ビュンビュン風が吹いて、聴覚まであの日に戻される。
まだ肌寒い空気の中、木に囲まれた火葬場の駐車場。
納骨堂の狭くて苦しい青白い雰囲気。
精進落としで親族にお酒を注いでいるお母さん。
料亭のスリッパ。
ぱさぱさの茶色い髪が喪服と似合わなかった私。
どれも忘れないし忘れちゃいけないと思う。
感傷に浸るのはここまで。本題はここから。
うつ病は「心」の病気ではなく「体」の病気だと近年では言われている。
当たり前だ。当時から疑わしかった。
うつ病は友だちもいなくて自分が嫌いで趣味も無くて毎日12時間仕事をする人がなるものだ。
父は違う。
友だちが多くて、自信にあふれていて、沢山趣味が合って、
日によっては16時過ぎには家に帰ってきていた。
(外資につとめていたので働き方も米国タイムだった)
一緒に相撲を見ながら夏の夕方を過ごしたっけ。
父は日本酒を飲んで顔を真っ赤にして、私はおつまみのおすそわけをもらうのだ。
酔っぱらうと父はふざけすぎて、小さい私をよく泣かせた。
(虐待とかではない、断じて。くすぐりすぎとかそういうヤツ。)
ついつい感傷的になるが今後こそ本題に。
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父がうつ病になった理由は、仕事だというが実際はそれだけではないと思う。
「雨だれ石を穿つ」ではないが、天真爛漫に見えた父は、
実はいろんなところで小さな傷がたくさんついていたのだと思う。
それをケアしないまま生き続けて、ある時突然に穴が開いたのだと思う。
”『細かいことは気にしない主義』の父が、
繰り返しの苦境やストレスによって、ある日臨界点を超えてうつ病になった。”
父の娘として、私はこの推理が正しいと思っている。
この推理の元、私は今こんな生き方をしている。
「私と出会った人はもう二度と死なせない」
「人は思った以上に弱いから絶対に傷つけない」
「困っている人は身を削ってでも助ける」(私がいくら削れても死ぬことは無いから)
どんなにつらい時でも、自分に優しくしてくれる人が1人でもいれば、
剃刀を手首に当てた時・首に縄をかけた時、死を選ぶ前にきっと
「あの人がいたっけ」と思い出してくれる。思いとどまってくれる。
だから私は家族も恋人も友人も職場で出会った人も誰一人見捨てたくない。
面倒がりたくない。ヘルプのサインを見逃したくない。
私が全員助けたい。死ぬ前に私を思い出して踏みとどまってくれれば。。
そんな気持ちで私は他人に特別の愛情と優しさを注いで生きることにしている。
今回で心療内科に通う羽目になったのは、
そんなふうにして自分のライフを削りすぎた結果かもしれないと思う時がある。
でもきっと違う。
確かに、いざという時に自分のことを放って人に構うのは
体力も精神力もいる。
でもそれが本来の人としての生き方ではないのか。
自分主義の人が増えたから、それを良かれという風潮ができたから、
心を病む人が後を絶たないんではないんだろうか。