ものすごい気づきがあった
過去のブログにも書いてきたけれど
わたしはずっと
じぶんが可愛くないと思っていて
それは
性格的な可愛げも
容姿的な意味での可愛さも
そのことが
本当にずっとコンプレックスだった
少し前に家族の1人から
容姿に関して、間接的に
すごく傷つくことを言われたの
わたしはその人のことが好きだし
じぶんでコンプレックスに
思ってることだから
尚のこと落ち込んだ
で、さっきまた同じようなことが起きた
そのインスタに上がってたコメントを
見たとき
ものすごくものすごくイヤな気分になった
すごく傷ついたし
心をガリってやられたみたいに痛くて
息が苦しくなった
こんなにイヤな気分になるのは
じぶんがそう思ってるからだって
それでさらに最悪な気分になった
でも最近ノートワークができるようになって
じぶんの内側から湧いてくる思いを
全部許可することを練習していたから
とりあえずノートに書きたくなった
お風呂から上がってすぐに
そのインスタ見ちゃったものだから
とりあえず着替え先にしようと思った
その間も内側の声はやまず
悲しいのとイヤな気分が
渦巻いてて、
その気持ちが溢れてくることに
頭の中で許可をしていた
そうしたら、だんだん
なんでこんなイヤな気分に
させられなきゃいけないんだ💢💢💢💢って
怒りが湧いてきた
悪口書く練習もしてたから
思う存分頭の中で罵った
ありえない!
人として最低!!!
なんてひどいやつ!!
なんなのなんなのなんなの!?!?!?
とりあえず全部ノートにも書き出した
あなたが感じることは自由だけど
わたしだってじぶんを傷つけてくるやつに
優しくなんかしない!
家族だからって
むりしてなかったことになんてしない!!!
ここまで書いたら、こんな言葉が出てきた
わたしはわたしを守る
愛するわたしを傷つけるやつは
わたしが許さない
わたしはわたし以外の他の誰かに
わたしを傷つけさせない
じぶんでも不思議だった
この瞬間に何かがすっと変わった気がした
これってもしかして
DVと同じ構図なのかもと思いついた
(その家族からの言葉が
ものすごくひどかったから
DVに当てはめてみようと思えたのは
ちょっと笑える)
その言葉を例えばDV夫が
奥さんに投げている場面を
ドラマみたいに外から眺めたら
全く受け取る価値ないじゃん
ってストンと思えた
*
*
*
いくら見た目が素敵でも
いくらすごい人だとしても
人として最低なやつが
投げかけてくる言葉なんて
自分勝手な歪んだ意見でしかない
例え大好きな家族でも
わたしを傷つける言葉はそれと同じだ
その人全てを否定するとか
嫌いにならなくてもいいけど
DVな言葉や扱いは受けとる価値なんかない
特に近しい人や大切だったり
大好きな人から
そういうことを言われたから
混乱してそれが正しいんだと信じちゃったけど
その言葉は真実じゃない
そんなの受け取ってやる価値はない
じぶんが可愛いと思えなかったのも
同じことなのかもしれない
小さい頃から
親に言われてた
ホントあんたは可愛くないね
という言葉
端々に感じるあの子のほうが
可愛いというメッセージ
だから小さい頃からずっと
自分は可愛くないベースで
生きてきたとしたら……
だって、不思議だけど
可愛いとは思えないけど
じぶんのことブサイクとかは全然思わないんだ
「わたしは可愛くない、可愛いのはあの子」
ってずっと刷り込み続けてきただけだったのかも
*
*
*
気づいたら、
あんなに最悪だった気分が
ホントに抜けていた
あの投稿を見ても
イヤな気分はもう湧いてこない
傷つけられる言葉を
採用するのはやめようって
なんの抵抗もなく思えた
(DVエゴキンマンに気づけて、さよならできた)
わたしは可愛い
じぶんの顔も、自分自身も
もっと好きになれる
ちゃんと変容していける
わたしのことを可愛くないと
思う人は勝手に思っていればいい
わたしが世界基準、わたしに集中しよう
大丈夫、あれは受けとる価値なんてない
この気づきこそ、受け取るべきもの
ありがとう、気づくキッカケをくれて
でもあなた達からの傷つく言葉は
もう受けとらない
わたしにはもういらないものだから
*
*
*
考えてみれば
わたしは好きな人たちの顔
みんな好きだ
可愛いとか、カッコいいとか
そんな表面的なものじゃない
その人がその人自信だから
その人の顔も全部含めて唯一無二で
大好きなんだ
造形の好みは人それぞれあるけど
そんなのその人自身の価値にくらべたら
ていうか、比べるようとも思わない
ただ愛するだけでいい
わたしはDVエゴキンマンに
ホントに長い間やられてたらしい
ごめんね、私
やっと答えを見つけたかもしれない
心から大好きで愛しているよ
ずっと悲しい思いをさせて
ごめんね
また気分が落ちても、ちゃんと
真ん中に戻ってこられる
大丈夫( *´꒳`*)੭⁾⁾
