今日電車に乗っていたら、茶髪でピアスをつけてズボンを下げた、なんか雰囲気の悪い男がオレの横に座ってきた。最初、足を組んで落ち着かない様子だった。しばらくして携帯を取り出して、電話をし始めた。態度と声がデカくて、近くにいたおばあちゃんが逃げるように電車を降りていった。

おそらくコイツは、ただの自己中ではなく、周りに迷惑をかけることで快感を得ている。暴走族と同じ心理だろうなと思った。その心理はどこからくるのだろうと考える。周りに迷惑をかけて、人に一目を置かせることが目的だろうか。そうして、自分の居場所を確保しているつもりだろうか。人から恐れられることを快感に思う心理ってなんだろう。よく分からない。

なんやかんやで、オレはウォークマンで音楽を聴いていたから気にならなかったけど。それが奴にとって、虚しく感じるかなとも思ったし。そこでキレることより、そいつの存在を感じない方が効果的な気がする。何されるか分からないし。結局、三駅ぐらいで降りてくれたから、まぁいいかという感じになった。
今日は、色々なことをした。午前中は大学の近くにある小学校を訪ねて、心理学関係のアンケート調査をさせて頂いた。
対象は小学四年生だったけれど、実際会ってみて驚いた。みんなキラキラと輝いているのだ。あれ?小四ってこんなに純粋だったっけって思った。自分のイメージでは、もっとスレていて大人ぶっていた。ところが、みんな子供らしい純粋な笑顔を見せてくれたのである。

子供が子供らしくて、なんかホッとした。子供から、凄い元気をもらったような気がした。ある生徒さんから「ワンちゃん好きですか?」と質問されて「大好きです」と答えた。小学生は、凄いことを質問してくる。小学校の先生になりたいと思った。

その勢いで、夕方、友達とフットサルを一時間ほどやった。普段から結構運動している方だけど、さすがに夏のフットサルは疲れた。運動の後は、定食屋で食事。友達と汗を流した後の食事は、凄く美味しかった。
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自分だけの性質ってなんだろう。身長はもうあまり変わらない。顔も変わらない。声も、髪の毛の質も変わらない。

親も兄も姉も、変わらない。産まれて、家で育てられて、学校行って友達が出来て、勉強して色々な経験をして笑ったり感動したり傷ついたり。
その視点や経験は、自分だけのもの。そんな風にして成長した自分は、あまり変わらないと思う。

それと同時に、人は変わる。明らかに今の自分と過去の自分は違う。物質として自分を見れば一年前と今とでは、ほとんど入れ替わっているはずだ。
息を吸って吐いているだけでも、酸素が体内に取り入れられ二酸化炭素が放出されている。体内の六割は水分で、一ヶ月前と今とではほとんど入れ替わっている。

毎日会う友達がいても、その友達も毎日変化している。友達が不機嫌であれば、それに対応しなければならない。友達だけでなく、空に浮かぶ雲も変わり、気候も微妙に変わり、寒ければコートを着て暑ければ半袖になる。
そうやって人間は、周りの環境に自分を適応させている。それは社会の中でも同じことだろう。そうした時、個性がある人間はどうするのだろう。個性のある人間とは、言い換えれば、どうしても環境に適応出来ない人間のことだと思う。

個性を主張する人間はは相手を見ない、場を見れない人間のことである。個性があるとするならば、それは身体でしかない。
身体で人を見るならばそれぞれ違っていて、当然なのだ。だからこそ、人と共有することが大事なんだ。個性を尊重するのは危ういと思う。個性は人を固定化してしまう。人は変われると信じたい。

逆に大事なのは、当たり前のことを見る力なのではないか。社会の常識が人間の常識であるとは限らない。社会の常識を疑い、人間の常識を見る。それが実は評価される個性だったりするのではないか。自分で考えるということ。なんで東京の地面はアスファルトで土じゃないんだと疑うこと。