最近、就職活動をしている。

大学4年生だから。

今日もエントリーシート提出と筆記試験に出かける。

今日だけで100人を越える人数が集まっていた。一次選考は昨日も一昨日もしていたらしい。
その中で、採用は10人程度らしい。

なんだか気が遠くなるな。

この人数を見て、自分が彼らより秀でている実感が全然湧かない。まだ歌が上手い順の採用なら、可能性ありそうだけど。学力としても表現力としても自信がないな。

いつも、こりゃ無理だと思う。

だけど、もうオレは自分に負けないことだけを考えて就活しようと心に決めている。

そして、「社会のクソッタレ、負けるかボケェー」と心で叫びながらエントリーシートを書くのである。

社会を憎みながらも、その中から恋人のように巡り会える企業を探すしかないのである。
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花を見ると、心が安らぐ。

美しいものは好きだ。

花の美しさを心に留めて置けば、出来るだけ美しくないことをしたくないと思う。

それが人間の気品となる。

だから、美しいものを美しいと思える人が好きなのだ。

逆に美しいものを見てない人は信用できない。

だけども、何をもって美しいとするかは人それぞれなのかもな。

ともかく、花を見ることはいいことだ。
昼間のワイドショーで大相撲の力士のことを、ああだこうだと文句をつける評論家が嫌いだ。

実際に相撲とったことあるのかと聞きたくなる。

やくみつるとか、めちゃめちゃ相撲弱そうじゃないか。

最近のワイドショーは、おばさんが相撲の評論をしている。絶対、ど素人だろう。

評論家が批判する点は、「品格」でしかない。しかし、その評論家は品格ある人だろうか。評論家自身の品格は誰が査定するのだろうか。

少なくとも品格ある相撲経験者でないと、現役力士の品格に直接文句をしてはいけないと思う。例えば、元横綱であるなら納得がいく。

関係ない漫画家や作家が出てきて、力士の品格についてああだこうだと注文つけるしか手がないなら、日本文化そのものが品格なしである。

評論家とは、つまり信用ならない職業なのだろうと評論してみたくなった。