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 【大震災を生きる】岩手県宮古市の田老地区(旧下閉伊郡田老村)は、作家、吉村昭氏の『三陸海岸大津波』(文春文庫)にも、明治29年と昭和8年の津波で「被害が最も悲惨をきわめた」地域として登場する。その後、堅固な堤防が二重に張り巡らされたが、津波は今回、「万里の長城」とも呼ばれた堤防を越え、町に壊滅的な打撃を与えた。

 「国保田老診療所」は、この地域で唯一の医療機関だ。医師は黒田仁所長(42)ひとり。もう4年以上、医師1人体制が続いている。「平成17年に合併して田老町は宮古市になりました。一般病床46床だった田老病院は、20年に19床の有床診療所になった。その1年前から医師は僕ひとりです」

 3月11日、診療所には入院患者が5人いた。黒田所長は寝たきりの入院患者を看護師に車で搬送させ、他のスタッフとともに、残った患者のベッドや車いす、医療用カートを押して避難所に向かった。最後はカートを捨て、逆方向へ向かう近所のお年寄りを背負って高台へ走った。

 診療所は建物こそかろうじて残ったが、車は流され、内部は大破。しかし、入院患者も職員も無事だった。「5秒くらい遅かったら、ダメだったかもしれない」

 ◆オフは月1回28時間

 しかし、その黒田所長は来年3月、診療所を辞める。市に辞表を出したのは今年2月。震災後も辞意は固い。

 この4年間、1日平均60人の外来患者と、10人の入院患者を診てきた。在宅や高齢者施設への訪問もこなす。在宅患者の夜中のSOSにも応じる「在宅療養支援診療所」でもある。月1回、代診の医師が来る28時間が唯一の完全なオフだった。

 幾度となく医師の増員を市に要望したが、かなえられなかった。「ずっと田老にいてもいいと思っていたが、昨年2月、市長は市議会で『診療所の医師数は充足している』と答弁したんです。何度か市側と面会しましたが、話し合いにならなかった」

 宮古市は「後任の医師を募集しているが、なかなか厳しい。医師不在にならないよう確保に向けて動いている」と話す。

 ◆人口流出も進む

 被害の大きかった東北沿岸部はもともと医療過疎の地域。どこも医療職の確保に悩む。田老でも「地域から医師が消えるかもしれない」という不安は日々、現実味を増している。

 震災後、人口流出も進む。田老の住民4500人のうち約2500人が被災。そのうち約1200人が仮設住宅に暮らす。残りの被災者の相当数は、県外への転居などで地区を離れたとみられる。診療所の患者も震災前の3分の2に減った。その現実を前に、自治体は個々の町でどう医療を提供するかが問われる。

 固い辞意の一方で、黒田所長は今、住民の心のケアに思いをはせる。自らも被災者だが、被災者にサービスを提供する役場の職員や消防士、教師らに心のケアを始めた。(佐藤好美、道丸摩耶)

 ≪城西大学の伊関友伸教授(行政学)の話≫

 ■働きたくなる「物語」が必要

 「病院の再編はやむを得ないが、市町村合併前の自治体規模に一つは『まちの病院』と呼べるような医療機関が必要だ。最先端の大きな病院でなくてもいい。高齢者が通える距離に生活を支える医療機関がないと、安心して地域で亡くなることができず、人口流出が進む。診療所でも、入院機能があれば複数の常勤医の配置が必要だ。医療に理念のある医療機関には若い医師が集まる。高齢者医療が学べるとか、在宅医療が習得できるとか、医療機関としての特徴を作ることが必要で、研修を充実させ、過酷すぎない勤務態勢を整える必要がある。医師を呼ぶのは給料の多寡ではなく、そこに医師が勤務したくなる『物語』があるかどうかだ。首長は地域の医療のあり方に理念を持つことが必要で、それがなければ、医療機関も存続しないし、町も存続しない」


「この記事の著作権は産経新聞に帰属します。」


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