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【大震災を生きる】第3部(2)
■地域が病院、自宅が病室
とにかく明るく声をかける。それだけで安心できる人がいるから。
宮城県気仙沼市の訪問看護ステーション「春圃(しゅんぽ)」の小山篤看護師(36)は、自宅ベッドに横たわる利用者の加藤吉乃さん(87)=仮名=に「こんにちは」と元気に声をかけた。
「震災までは、訪問看護なんて医療サービスがあることを知らなかった。来てもらって診てもらうのが、こんなに安心とは」
◆「良かったね」
吉乃さんの息子の嫁、知美さん=同=は、吉乃さんの褥瘡(じょくそう)(床ずれ)の手当てを手伝いながら語る。
「高熱が出たら迷わず病院に連れて行くけれど、少しの風邪やけがだと悩んでしまう。高齢者を病院に連れて行くのはしんどくて。でも、ちょっとしたことが命取りにもなるから、訪問看護師に定期的に見てもらえるのは本当に安心です」
知美さんは、同居する吉乃さんの面倒をずっと見てきた。しかし、震災による停電で吉乃さんの介護ベッドが動かなくなった。介護サービスも途絶え、ひどい褥瘡ができた。食欲も落ち、状態は悪化する一方だったが、訪問診療、訪問看護、知美さんの介護で、今では食事ができるまでに回復した。
「少したんがからまっていますね」
聴診器を当てた小山看護師は吉乃さんの褥瘡にワセリンを塗り、リハビリのため足をもむ。
「傷もだいぶ小さくなってきれいになってきた。良かったね、お義母さん」
知美さんが笑った。
◆受け継いでほしい
震災前、気仙沼市には1つしか訪問看護ステーションがなかった。しかし、「春圃」が6月に開所。8月にもう1カ所増え、計3カ所となった。
「気仙沼は県内でも高齢化率の高い地域。入院しても家族の見舞いが大変だし、高齢者本人も家での療養を希望することが多いのに、それに応えられる環境がなかった。でも、震災で訪問看護ステーションが増え、在宅医療が知られてきたのはいいことだと思います」と語るのは、ケアマネジャーの尾形伸二さんだ。
「春圃」を管理する千葉透看護師(52)は「地域が病院、自宅が病室というのがわれわれのスタンス」と、訪問看護の意義を強調する。現在、看護師4人と作業療法士1人、理学療法士2人が勤務する。
千葉さんはこれまで、精神科の病院に30年以上、看護師として勤務してきた。昨年、系列の老人保健施設(老健)に移り、訪問看護を始めようと計画を立てた矢先、震災が起きた。津波で50人近い利用者が亡くなった。老健を閉鎖せざるを得なくなり、生き残ったスタッフも仕事を失った。千葉さんら有志は、震災支援の医師らが始めた「気仙沼在宅療養支援隊(JRS)」で研修を受け、訪問看護に乗り出すことにした。
「今までは、病院という傘の下にいたけれど、訪問看護は自分しか頼りがいない世界。それでも、利用者と家族の負担や不安を少しでも軽減させられるなら、やりがいがあるじゃないですか」
訪問時に患部の写真を撮って医師に状態を報告するなど、医師とのコミュニケーションも緊密になった。
「この辺りは、家と家が離れていて移動距離が大きいけれど、そういう地域にこそ訪問看護が必要。さまざまな研修を受けてスキルアップを図り、長期的に訪問看護を根付かせたい」
千葉さんには夢がある。
「看護師として心のケアまで踏み込めるなら、ぼくらの仕事の価値は増す。そして、若い人がもっと訪問看護に飛び込み、受け継いでいってほしい」(道丸摩耶)
【用語解説】訪問看護ステーション
病気や障害を持つ人が住み慣れた自宅や地域で療養できるよう、看護やケアを行う看護師や保健師、理学療法士、作業療法士などを派遣する。利用者のかかりつけ医の指示書を基に医療処置を行うほか、血圧や体温のチェック、リハビリなどのケアなども行う。
「この記事の著作権は産経新聞に帰属します。」
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| 拡大写真 |
| 利用者の血圧を測ったり、聴診器で胸の音を聞いたりする訪問看護ステーション「春圃」の小山篤看護師(右)と千葉透看護師(左)=宮城県気仙沼市(写真:産経新聞) |
■地域が病院、自宅が病室
とにかく明るく声をかける。それだけで安心できる人がいるから。
宮城県気仙沼市の訪問看護ステーション「春圃(しゅんぽ)」の小山篤看護師(36)は、自宅ベッドに横たわる利用者の加藤吉乃さん(87)=仮名=に「こんにちは」と元気に声をかけた。
「震災までは、訪問看護なんて医療サービスがあることを知らなかった。来てもらって診てもらうのが、こんなに安心とは」
◆「良かったね」
吉乃さんの息子の嫁、知美さん=同=は、吉乃さんの褥瘡(じょくそう)(床ずれ)の手当てを手伝いながら語る。
「高熱が出たら迷わず病院に連れて行くけれど、少しの風邪やけがだと悩んでしまう。高齢者を病院に連れて行くのはしんどくて。でも、ちょっとしたことが命取りにもなるから、訪問看護師に定期的に見てもらえるのは本当に安心です」
知美さんは、同居する吉乃さんの面倒をずっと見てきた。しかし、震災による停電で吉乃さんの介護ベッドが動かなくなった。介護サービスも途絶え、ひどい褥瘡ができた。食欲も落ち、状態は悪化する一方だったが、訪問診療、訪問看護、知美さんの介護で、今では食事ができるまでに回復した。
「少したんがからまっていますね」
聴診器を当てた小山看護師は吉乃さんの褥瘡にワセリンを塗り、リハビリのため足をもむ。
「傷もだいぶ小さくなってきれいになってきた。良かったね、お義母さん」
知美さんが笑った。
◆受け継いでほしい
震災前、気仙沼市には1つしか訪問看護ステーションがなかった。しかし、「春圃」が6月に開所。8月にもう1カ所増え、計3カ所となった。
「気仙沼は県内でも高齢化率の高い地域。入院しても家族の見舞いが大変だし、高齢者本人も家での療養を希望することが多いのに、それに応えられる環境がなかった。でも、震災で訪問看護ステーションが増え、在宅医療が知られてきたのはいいことだと思います」と語るのは、ケアマネジャーの尾形伸二さんだ。
「春圃」を管理する千葉透看護師(52)は「地域が病院、自宅が病室というのがわれわれのスタンス」と、訪問看護の意義を強調する。現在、看護師4人と作業療法士1人、理学療法士2人が勤務する。
千葉さんはこれまで、精神科の病院に30年以上、看護師として勤務してきた。昨年、系列の老人保健施設(老健)に移り、訪問看護を始めようと計画を立てた矢先、震災が起きた。津波で50人近い利用者が亡くなった。老健を閉鎖せざるを得なくなり、生き残ったスタッフも仕事を失った。千葉さんら有志は、震災支援の医師らが始めた「気仙沼在宅療養支援隊(JRS)」で研修を受け、訪問看護に乗り出すことにした。
「今までは、病院という傘の下にいたけれど、訪問看護は自分しか頼りがいない世界。それでも、利用者と家族の負担や不安を少しでも軽減させられるなら、やりがいがあるじゃないですか」
訪問時に患部の写真を撮って医師に状態を報告するなど、医師とのコミュニケーションも緊密になった。
「この辺りは、家と家が離れていて移動距離が大きいけれど、そういう地域にこそ訪問看護が必要。さまざまな研修を受けてスキルアップを図り、長期的に訪問看護を根付かせたい」
千葉さんには夢がある。
「看護師として心のケアまで踏み込めるなら、ぼくらの仕事の価値は増す。そして、若い人がもっと訪問看護に飛び込み、受け継いでいってほしい」(道丸摩耶)
【用語解説】訪問看護ステーション
病気や障害を持つ人が住み慣れた自宅や地域で療養できるよう、看護やケアを行う看護師や保健師、理学療法士、作業療法士などを派遣する。利用者のかかりつけ医の指示書を基に医療処置を行うほか、血圧や体温のチェック、リハビリなどのケアなども行う。
「この記事の著作権は産経新聞に帰属します。」
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