「 だいたい、80歳に子育てなんて、年だから物理的に無理。 」


尊敬するメンター65歳の言葉である。




もっともである。


私は、妻の死後、半年間、父母に甘えて来たんだ・・・。



9月に仕事で成功を収まることが出来たのも


それまで、仕事に没頭できたから。



父母のお蔭である。



仕事に成功し、妻を喜ばすことが出来たのも


父母のお蔭である。




当たり前と感じさせてくれて居た


父母に感謝したい。



新年から、


少なくとも、土日だけでも、私が息子を預かる。


週一回、父母のもとへ家政婦さんを呼ぶ。



12月25日(土)


抜け殻になったような心で


心斎橋筋から船場まで


小雪が散らつく中、


彷徨っていた。




数日前から


息子の面倒を見ることに疲れ果てた母(70歳後半)から


負担になるから実家に泊まらないでくれ。


と言われていた。



それは息子になかなか会えないことを意味する。



妻に会いたくて会いたくて仕方なかった。



26日から息子は滋賀県へ合宿へ行く。


前日になっても、


長靴と防水手袋が手に入らない。近くのお店には売っていないと父母は言う。



私は息子を連れて、市内のスポーツ用品店へ買出しに行こうと思っていた。



すると、


父が、「今日は、気温が5℃にもならない。風邪をひいたら困るから連れて出るな!」


と言う。




今、思うと、ここで、一気に落ち込んだ。


妻亡き今、息子と過ごすことが私の一番の癒しである。



さらに、


母が、「一人で居たら気楽で、良く眠れるでしょ?!」


と言う。



私は、息子が横に居るときが一番安心して良く眠れる。



そららの言葉を咀嚼しないまま、判然とせず市内へと出かけた。



友に偶然会った。


「びっくりした!」


「偶然会ったからと違うよ。 抜け殻のようになっていたから・・・。」


友が言う。



そのまま、


小雪が散らつく、市内で


息子の防水のジャケット、防水パンツを買った。


やっとのことで、


長靴を見つけた。



それでも、


防水手袋は見つからなかった。


小雪が散らつく、市内を彷徨い続けた。



そのことを母に電話すると、


「雪の中を歩いて風邪を引いたらどうするのか?!」


「息子が居るのに親としてしっかりしろ!」


と怒られた。



私が買ったものはすべて無用となった。








今日、何度も、仕事をしながら


雄たけびを上げた。


周りの人間は気持ち悪がっていただろう・・・。




行き場のない


悲しみ、怒りを抱えたまま


実家に立ち寄った。




息子に会いたい!・・・本音


妻の仏壇に参りたい!・・・本音2nd.




部屋にこもり、


横になると


涙が流れてきた。




息子に会いたい!


妻に側に居て欲しい!




悲しみと怒りの根源が分かってきた。



悲しみ・・・


世界で最も私のことを分かろうとしてくれていた妻がいなくなって、


妻の次に、私が無意識に頼っていた母でさえ分かってくれない。


理解してくれる人間が居ない。




怒り・・・


息子の側に居たい!


なのに父母から引き離される。


会えない・・・。


そのことに対する怒り。




実家に居るが、父母とは話さない。


理解されず、


言い合いになるだけだから・・・。


明日は、一人で飲みに行こう・・・。


日本を動かすために、


霞ヶ関近辺でロビーをやろうとすると、




東京で自由に動き回っていても



生活(息子を養う)をしていくことが出来る資金が必要。




どうしても、不労所得が不可欠。



不労所得を得る仕組みを今、懸命に作っています。




100~200万円/月なら、可能な気がして来ました。(^O^)/