赤毛のあのこ(花子とアンより) | 彗星のたね*机上の空想かたちにします*

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「花子とアン」を観ていたらアンが描きたくなりました。

思えば小学生のころ、「赤毛のアン」を読んでいたなぁ!と思って。
ギルバートとか、アボンリとか、懐かしい響きキラキラ

子供の頃って、友達と遊んだあと、別れるのがとてもつらく感じましたよね。
次の日学校で会えるっていうのに。
でもきっとそういうことじゃないんですよね。
楽しかった時間が終わってしまうのがとても寂しからなのかな、と思います。

私は、アンとダイアナが、遊んで家に帰ったあとも、自分達の部屋の窓から
ランプをちかちかと光らせ、秘密の信号を送って遊んでいたのをとても羨ましく感じていました。

ながーい糸電話作れば話せるじゃん!とか色々考えてたけど、結局無理でした(笑)


ひとつ、すごく印象に残っていて、アンらしいなぁと思うエピソードがあります。

皆さん、”気を失う”ってちょっとかっこいいとか素敵とか思ったことありませんか??
(わたしはありますよ!笑)

よく映画とかドラマとか漫画とかのヒーロー、ヒロインって、気絶しますよね。
例えば、「ハリー・ポッター」のハリーはもうけっこうな回数だろうし、「ラピュタ」のシータとか(そいえばパズーもだね)、「パイレーツオブカリビアン」のヒロインとかね。

アンは何かの物語を読んで、お姫様が気を失うところに強烈な憧れをもちます。
「気絶ってとても素敵! 私もお姫様のようにパタッと倒れて気を失ってみたいわ!」
そんな願いを強く心に持ち続けていたある日、ついにその願いが叶う時が訪れるのです。

経緯は忘れましたが、アンは骨折をしてしまい、運ばれていく時に、痛みで気を失ってしまうのです。
気絶が美しいものだという印象をもっていたアンは、現実の気絶はまったく違う物だと気づいて、以後、気絶なんてもうしたくないわ!と思い改めるのです。

想像力豊かで思い込みの激しいアンらしいエピソードだと思いませんか?


「赤毛のアン」、気になるけど本を読むのは大変そう・・・
っていう人は(何巻もありますもんね…)2000年くらいに公開された実写の映画版がおススメだそうですよ。