花菜が予想しているように、

愛美の心と体にはよくない変化が起き始めていた。
東京から帰ったあと、

夏休みの計画表をさらにストイックな仕様に作り変え、

完璧な達成を目指しているものの――。
うまくいったらいったでひどく疲れるし、

いかないと自分が堕落してしまったようでストレスが半端ない。

おかしいな、私、これくらいのことがなんでできないんだろ。
もしかしたら、夏バテなのかな。
でも、今の時期が暑いのは当たり前だし、みんな頑張ってるんだから、

やっぱり、私がだらけてるだけなんだわ。

ただ、その計画表には明らかに無理があった。
花菜が察しているように、その計画自体が、

拒食ハイから生み出されたものだし、それゆえ、

うまくいくときがあったとしても心身へのダメージは大きい。

愛美の変化は、周囲からもわかるようで、

文化祭の劇でリーダーを務める病院の娘・神宮司には体調について聞かれた。

また、中1のときと違ってけっこう仲良くなっている蘭には

計画表のことを話し、少し相談してみたが

「頑張りすぎなんじゃない?」と言われてしまった。

「今のエミって、身動きがとれなくなってるように見えるんだよね。
なんていうか、やりたいこと、やらなきゃって思ってることがありすぎて、

そういういものにがんじがらめにされてる感じ。
とりあえず、自分磨きとかはもうちょっと緩くしてもいいんじゃないかな。
まだ、おたがい、中学生なんだし」

蘭の目には、愛美が自分を磨こうとしすぎているせいで、

必要な肉とか心の余裕といったものまで

削り取られつつあるように映っている。
特に体型については、あの拒食症だという3年生の先輩に

だんだん近づいてきているようで、恐怖を覚えた。

そして、愛美には、やりたくないけど、

やっておかないとまずいという超難題もある。
母親に、雑誌の仕事のことを話す、というミッションだ。
どんな伝え方をしたところで、無事に済むことはありえず、

名案が浮かぶどころか、気持ちが沈むばかり。
困りに困って、父親にメールで

「どう話せばいいのかわからない」と、助けを求めてしまった。

すると、どうだろう。

「それなら、今度の土日、なんとか帰れるようにするから、

そこで一緒に話すことにしようか」
という返事が返ってきた。

もちろん、愛美にとってそれ以上の援軍はない。

一方、父のほうも、

勝手にゴーサインを出してしまったことへの責任や後ろめたさがあった。
また、それ以上に、最近の愛美の細さや、

それでいて夢に向かって頑張ろうとしているけなげさといったものが、

父性的愛情を一気に高めてもいた。

よかった、お父さんが一緒にいてくれるなら、なんとか乗り切れそう。
今日は出かけずに、家で半身浴しよっと。

平日の午後2時少し前。
計画表では、これからスポーツクラブで泳ぐことになっているのだが、

あいにく外は台風の影響による暴風雨だ。
しかも、最近、愛美はスポーツクラブでも、

プールで泳ぐより、ジャグジーにつかっている時間が長い。
前よりもスムーズに体が動かせず、そのうえ、水が冷たく感じられて、

泳ぐのがちょっとつらくなってきたことによる苦渋の選択だ。
自分では認めたくなかったが、

体重とともに体力も少し落ちたことは否めない。

出かけたほうがカロリーは消費できるんだけどなぁ。
そのぶん、お風呂の前に室内でできる運動をしたり、

今夜の食事量を減らして調整するしかないよね。
まぁ、今朝から昼にかけての体重の経過は悪いものではないし、

今日のところは大丈夫なはず。

じつは今の愛美にとって、ジャグジーにつかったり、

家で半身浴したりというのは、唯一ともいえるほど安らげる時間だ。
勉強や料理、劇の練習、水泳などと違い、

頭や体を積極的に使うことなく、ぼーっとできたりもする。
しかも、その時間のあとには、

体重計で少ない数字を確実に見られるのだから。

それがただの水分だとわかっていても、

そうやって実現される数百グラムの変化は、何にも代えがたい精神安定剤。

最近、下腹部の肉が気になって仕方ない愛美は、

おなか痩せに効果的だというエクササイズを入念にやったあと、

体重計に乗り、半身浴という名の安らぎへと向かった。