3時間後、花菜はそれなりの満足と安心、

なのに何かを間違えてしまったようなむなしさのなかにいた。
裸を見せて、あちこち触られたものの、キスもなく、

その報酬として得たのは1万円札を5枚。
たぶん、コスパとしては悪くない。
ただ、テストで正解を知っているのに、

うっかりミスで別の答を書いてしまったような不全感がある。
それでも、満足と安心を感じられたのは、

男に褒めてもらえたからだ。

「カナちゃんって、身長何センチだっけ?」
「だいたい156です」
「じゃあ、体重は34キロくらい?」
「えっ、まさにそれです。どうしてわかったんですか」
「うーん、なんていうか、これまで会った子たちとの比較とかで、

それくらいかなって思ったんだよね」
「ってことは、私よりも軽い子もいたりして」
「うん、153で31キロって子がいた。

でも、その子はガリガリの小学生みたいな体型で、胸とかも全然なくて。

カナちゃんみたいな細さのほうが魅力的だよ」

そのとき、思い浮かんだのは愛美のことだ。
正直、ガリガリの小学生みたいなその細さが

うらやましかったりもする花菜だが、

この男は愛美よりも自分のような痩せ方を好むのだと思うと、

溜飲が下がった。

胸がなくなればもっと体重も減るのにな、って考えたこともあったけど、

そのおかげであの子に勝てるなら、まぁいいや。
P活にも有利かもしれないし。

もちろん、今の愛美がP活などやるはずはなく、

そこで張り合っても意味のないことはわかっていたが、

気持ちがまぎれたことで、近況を聞いてみる気にもなった。
帰宅途中、メールを送り、返事を心待ちにする。
しかし、その夜は返信がなく、ようやくそれが来たのは次の日の夜。

「遅くなってごめんね、いろいろ忙しくて」

その言葉が嘘でないことも、花菜にはわかっている。
そして、その忙しさが過活動という病的な衝動に関係していることも。

忠告してあげたほうがいいのかな。
でも、きっと聞く耳持ってないよね。
昔の私もそうだったもん。

「それだけ忙しいと、ますます痩せちゃいそうだね」

忠告のかわりに当たり障りのない言葉を送ってみると――。

「それがそうでもないんです。

体重は減ってるんだけど、見た目は変わってないし。

忙しいせいで、ちゃんと運動できてないからかも。

本当はもっと泳いだり、歩いたりしたいんですよ」
「そっか。

ただ、それってエミがもうかなり細くなってるから、

見た目が変わらないように感じるだけなんじゃないかな」

送信した瞬間、花菜はふと、

まずいことを言ってしまったかもと思った。
そして、それは的中することに。

「あ、そうですよね。

体重がちょっと減ったくらいでは、見た目は変わらないから。

もっと頑張らないと、ですよね。

見た目も変えられるよう、夏休みのうちに痩せられるだけ痩せなくっちゃ。

ありがとう。

やっぱり、カナちゃんと話すとモチベ上がります!」

逆効果、というやつだ。
花菜は真意を説明しようとも考えたが、あきらめた。

この子の脳の回路、何を言っても

痩せる方向にしかつながらない状態になってる。
そうじゃなきゃ、25キロの中学生が

「痩せられるだけ痩せなくちゃ」なんて発想にはならないよ。
夏休みのうちに壊れちゃうんじゃないかな。

「でもホント、エミは細いんだから、あまり無理しないでね」

再び、当たり障りのない言葉を送りながら、

愛美が自分みたいにならないことを願ったが、

それが偽りのない本心かどうかは自信がなかった。

どこかで私、この子が壊れることを期待してるのかも。
でも、あいにく、その体はP活向きじゃないみたいだよ。
・・・なんて、私が心配すべきは自分の壊れ方だよね。
割れた花瓶みたいに、もう取り返しがつかない気もするけどさ。