迷路のなかを歩いているのは、花菜も同じだ。
いや、愛美よりもずっと前から

そのなかでもがいてきたので、

自分が迷路にいることもとっくにわかっている。
わからないのは、その抜け方だけだ。

それでもここ半年くらいは、体重も食生活も比較的安定していた。
去年の11月にチューブ吐きを覚えたことが大きい。
156センチ36キロという、

通院以上入院未満の体型を維持できていて、

もっと痩せたいという気持ちはありながらも、

一応の妥協はできる状態。
過食や下剤などにかかる費用もなんとか小遣いで賄える範囲だった。

が、最近、過食がエスカレートしている。
ということはつまり、

吐き方もエスカレートしているということだ。
食べれば食べるほど、太ってしまう不安が高まり、

ちゃんと吐かなきゃという強迫観念が増す。
膨らんだ胃はすぐに空っぽにしないと、吐き残しが脂肪になりそうで、

気が気でないのだ。

過食後の体は、ちらかった部屋、いや、ゴミ屋敷みたいなもの。
潔癖症の人が床に落ちた髪の毛1本すら許せないように、

米粒ひとつだって吸収せずに済むよう、

キレイに掃き清めなくてはいけない。
完吐きできなかったと感じたときや、

吐かない前提で食べたときに使う下剤の量も激増しつつある。

その結果、体重が減り始めた。
さっき、計ったときは34.3キロ。
ただ、鏡で見ても痩せた気はしない。
36キロで妥協できていたはずなのに、

もっと減らしたい衝動にかきたてられしまう。

なぜ、妥協できなくなり、心身の安定が崩れたのか、

花菜はその理由に気づいていた。
あの子と出会ってしまったせいだ。

愛美と頻繁にやりとりするようになったことで、

花菜は得体の知れない複雑な感情にとらわれるようになった。


同病相憐れむという仲間意識、

その先輩としての優越感と守ってやりたい気持ち。
その一方で、愛美がまだ自分の危機に気づかず、

痩せていく恍惚のなかにあることへの羨ましさもある。
しかも、一度も太ったことがないくせにダイエットをして、

本来はもっと病的になるはずの20キロ台でも、

そこまで病的には見えないきゃしゃで未発達な体型。

その小学生みたいな細さを「奇跡の中2」などと

もてはやされていることも、やっぱり妬ましい。
そんな編集部での会話までいちいち報告してくれて、

何かとなついてくる愛美に悪気はないこともわかっているが、

素直さはときに罪だ。
この後輩がやがて同じような沼にハマることを予測できている分、

どこかでその訪れを期待している自分についても、薄汚く感じられた。

と同時に、お金の問題も深刻だ。
このままだと、過食代も下剤代もやりくりできなくなる。
そうなった結果、万引きをしたりする人もいるようで、

花菜は自分の未来にさらなる恐怖を覚え始めた。

中3だから、名前がニュースに出ることはないはずだけど、

でも捕まったら私の人生、破滅だな。
うん、やっぱりアレを実行するしかないか。
もう、どうしようもないもん、仕方ないよね。
万引きするよりは、まだマシなんだし。

きっかけは2週間ほど前の出来事だ。

過食材を買いに駅前のスーパーに行く途中、

近道をするため、暗くなり始めた繁華街を通ったら、

20代か30代くらいの男性に声をかけられた。

「ちょっといいかな?」
「あ、はい」
「すごく可愛くて、スタイル抜群の子がいるなぁって。
大学生? それとも、OLさん? 
うちの店で働いたら、絶対人気出ると思うよ」

どうやら、ちょっといかがわしい店のスカウトみたいだ。