♪ITABASHI's burning with boredom now
♪ITABASHI's burning dial 99999~!
パンクバンド「クラッシュ」の代表曲“板橋は燃えている”ですね。(そんな曲無い!ロンドンです。)
1966年の今日、板橋はとんでもない騒ぎが起きたのでした。
「板橋事件」―それは日本のプロレス界で初めてのそして最も大規模な暴動だったのです。
力道山亡き後、日本のマット界はいくつかの団体が小競り合いをするかのように出来ていった。
その中で豊登が立ち上げたのが「東京プロレス」という団体。
この「東京プロレス」が1966年11月26日都電板橋駅前広場での興行で、観客が暴れリングを壊し、火を放ち、警察が出動してもすぐに鎮圧できないほどだったらしい。
何故そのようなことが起きたかというと、団体社長の豊登が金にいい加減で会社の収入は個人のギャンブル代などにあてがい、選手他スタッフへの支払いはないがしろにする性格だったため、来日した外国人レスラーらが怒って帰国、邦人選手も会場に行かないものも出たらしい。
そこに来て、前月の10月に同じ板橋区内で興行を行なったばかりのところに、寒空の下野外興行で客入りはまるっきり。
どうにもならなくなり、試合開始時間を大きく過ぎてから「観客不入りのため、本日の興行を取り止める」とアナウンスしたものだから、観客の怒りに火がついて、最後はリングにも火をつけられることに…。
さて、その板橋事件の場所だが、前述のように「都電板橋駅前広場」とある。
都電は当時の路面電車で、その板橋駅らしいが、正式には都電志村線“板橋駅前停留場”のことらしい。
これは、現在の都営三田線“新板橋駅”だ。
つまり、現“新板橋駅”付近にあった広場での興行。
もう少し調べてみると本来は資材置き場として使用していたスペースだったらしい。
そこで、昔の航空地図と現在のポイントとなる場所を照らし合わせてみた。
これは1963年の航空写真だが、当時の板橋駅前停留場(現:新板橋駅)の傍で資材置き場ほどのスペースということから推測すると上掲画像の赤いカーソルの位置ではないかと思う。
まずは新板橋駅へ行ってみましょう。
こちらが同駅A2出口。
画像の左にちょっと見える階段を上がって右折した辺りが暴動場所になるはず。
航空地図で見ると、JR線の脇だったので、そこまで行く。
この位置になるでしょう。
画像右側の公園のようなところは?
現在は「板橋ビュータワー」という高層マンションの敷地内広場のようです。
のどかです。(笑)
ここで暴動が起きたとは誰も思わないでしょう。
せっかくなので板橋近辺をブラついてみました。
新板橋駅の真上は、国道17号であり中山道です。
その上を首都高速中央環状線が通っています。
この道を西へ進む。
すると、鋭角な分岐点があり、そこには「旧中山道」の表示が。
“1日中 山道(いちにちじゅう やまみち)”とは読みません。(苦笑)
旧中山道へ行ってみましょう。
初めて来ましたが、なんか懐かしい感じの建物が多い。
商店街にもなっていて、いい感じです。
しばらく歩くと交差点があり「仲宿」と表記されています。
この辺りは、江戸時代には板橋宿と呼び幾つかの宿エリアがありその中の中心部だったので「仲宿」となったようだ。
このまま旧中山道を行きたいが、ちょっと寄り道。
交差している王子新道を左折するとすぐに国道17号とぶつかる。
ここは三田線「板橋区役所前」駅の真上。
新板橋の隣駅。
17号を渡り、直進するとあるのが「板橋グリーンホール」。
多目的施設ですが、現在の板橋区におけるプロレスの聖地、いや都内でもプロレス会場として有名なところです。
(まだ、私はここで観戦したこと無いですが…。)
まさか、プロレスより先に散歩で来るとは思わなかった。(笑)
さ、再び旧中山道散歩へ戻りましょう。
仲宿から先を進む。
商店街の街灯柱が印象的に並ぶ。
仲宿から商店街が一層活気付いてくる。
人も車も自転車もみんな道路の真ん中を行く。(笑)
風情いっぱいなのだが、妙な緊張感も。(笑x2)
しばらく行くと、右手の広場に櫓を発見。
昔、火の見櫓があったのでしょうか?
近づいて見ても特に説明等は無し。
正面に金色のプレートが2枚あり、そのうち1枚が江戸時代と思われる「板橋」の絵が描かれている。
絵にある木の橋が「板橋」です。
そうなんです、板を貼り付けて作った橋があって「板橋」と呼ばれるようになり、これこそが「板橋区」という呼称の由来なんです。
この櫓の先に、まだ「板橋」があります。
先ほどの絵のような感じで撮影。
橋のたもと右横に案内が。
この一番下にはおみくじを結ぶ場所が。
そして橋の下には石神井川が流れる。
いいですねー。
川好きな私としては、このまま川に沿って歩きたいとこだが、もうちょっとだけ旧中山道を行ってみたいと思います。
そこには、ちょっと風変わりな名所「縁切り榎」があるのです。
ここは、江戸時代からの名所らしくて、元々は大六天神の神木があり、悪縁を切って良縁を結んでくれると庶民の間で礼拝されていたようだ。
縁切榎は、昔から男女の悪縁や悪い習慣との縁を切りたいときに、その樹皮を削ぎ取り、煎じて相手に密かに飲ませると成就すると言われていたらしい。
嫉妬や依存心との縁切りをしたい、復縁相手の現在の恋人との縁を切らせたい、などの色恋、人間関係のトラブルの根本的な原因を解消してくれるとされています。
他にも、自らに振りかかる災いや不運との縁も切ってくれると言われています。
挙句、恋人とうまくいかないという人にもおすすめなのだそうです。
何でも有りです。(苦笑)
お参りの絵馬には、そりゃ生々しい縁切りの願いが…!
さ、この辺りでUターンして旧中山道を引き返すのですが、先の仲宿に着く手前を左(北側)へ寄り道。
住宅地の先にあったのは、
「こども動物園」!
こじんまりした感じながらも、結構動物も多くて、触っても大丈夫。
モルモットや、
うさぎ、
ポニーも、
この子は“さくら”ちゃん。
そして、こちらが、
“はな”ちゃん。
山羊や羊も。
この子はカメラ目線をくれました。(笑)
他にも、亀や、
フラミンゴまで!
まだ、孔雀もいたし、池には錦鯉もいました。
そして、隣接の東板橋公園の一角では、こども乗馬ならぬ“乗ポニー(?)”体験を行なっていた。
いや、いいですねー!
なんか、この辺に住みたくなってきちゃった。(笑)
このまま、隣接の金沢小学校の横を石神井川が通っているので、ここから石神井川沿いに歩きたいと思います。
が、そこにある「セブンイレブン」がなんか地味…な感じ。(苦笑)
トレードカラーの緑や赤を使用せずにくすんだ色合い…、何故?
そんなことはともかく、川沿い散歩です。
遊歩道を入るとすぐに、大きなモニュメントが。
なにやらレンガ造りの建物の入口面を横にしたような感じであるが、どうやら戦時にこの辺りに日本陸軍の火薬製造所があって、その建物の入口面を模したものだそうです。
ん~、やはり板橋は「火」や「熱さ」と縁深いのか?(笑)
このモニュメントは、ほとんど復元なのですが、一部当時のものをそのまま使用している箇所が。
中央上部がちょっと汚れたレンガなのが判るでしょうか?
この部分が当時のものです。
ちなみに、ここは「コミュニケーションステージ」と名付けられていました。
どんどん川沿いを行きましょう。
この石神井川はかなり深く掘られているが、途中ちょっと川に近いところまで降りられる箇所も。
のんびりといい気持ちで散歩できます。
ご近所の方も散歩やジョギングしてました。
川沿いの木は桜です。
花見シーズンは綺麗だろうなぁ。(激混みかとも思うが。)
いやぁ、マジで住みたい環境ですわ!
しばらく歩くと右側に一段と高くなっている場所が。
「加賀公園」です。
このスロープを登ってみます。
ここで、「ん?」何かが足下に「プチ、プチ」と落ちてくるような音が…。
木の実のようなものが落ちてはいるが、今落ちたような感じではない。
上方で「パツン、パツン」と音が聞こえる。
再び足下に「プチ、プチ」と何か落ちる音…。
ま、いいか、登ってみましょう。
加賀公園最高部と思われる場所からの眺め。
すると、ここで私の右下方のほうでさっきの「パツン、パツン」という音が激しく聞こえた。
見ると、2人の中学生くらいの男子がエアガンを打っているではないか!
危ねぇなぁ。
しかも、打ち合いのようではなく、この2人だけで一方的に何かに照準を定めて打ちまくっているようだ。
のどかな公園で何してやがんだと思い注意しようかと思ったのだが、他にいる大人は何も言わない。
注意して、嫌がらせに打たれるのイヤだし、プロレスのリング焼き討ちにするほどのキレぶりをかつて発揮した板橋イズムを思うと、何より地元の大人が何も言わないで余所者の俺が言ってもなんだしと思い、ここは我慢して後にすることに。
でも、イカんよな…。
指名手配、WANTED DEAD OR ALIVEだ!
この加賀公園を出ると、すぐ石神井川とJR線が交差する地点に。
ここからJR線に沿って歩く。
首都高が見える辺りが、最初の「新板橋」駅あたり。
そのまま、新板橋を過ぎて、巷で今現在、板橋が最も熱いものを体験しに行く。
「板橋チャーハン」だ!
「板橋チャーハン」はテレビの「マツコの知らない世界」で話題を呼び、ブームになりつつある。
チャーハンはよく「パラパラ」したのが良いとされているが、実は「しっとり」したチャーハンのほうが美味い!という説があり、そのしっとり系のチャーハンは何故か板橋に集中しているというもの。
番組で、いくつか紹介した店でトリを取った「龍王」へ。
すでに並んでいます。
「龍王」のチャーハンはまた次回に記します。
“板橋しっとり系”チャーハンを堪能して、板橋駅へ。
ビールの酔いも手伝い気分良く帰路へ着きました。
おい!!!!
最後に、板橋駅の前のある意味もっとも板橋の名の有るポイントへ寄るの忘れた…。(涙)
ちなみにそこは新撰組局長の「近藤勇の墓」です。
ああ、最後にやらかしてしまった…モヤモヤ…。