12月1日(土)

約15分ほどの休憩 

 

 

13時50分

山頂に立つ 楠木正行さまに見送られ出発です。

 

 

 

本丸展望郭から下り回り込み 

いよいよ待望の石垣との対面です。

 

                             マップ①の石垣

最も早く石垣を使い始めた城ではと言われています。

 

 

「石垣を見に行くだけですよ」と言われる加藤先生

「それが肝心なこと」と 後にくっついて行きます。

 

 

 

 

                             マップ②の石垣

東西 約400m  南北 約650m

石垣を多く使用した山城

崩れかけた野面積みの石垣にワクワク感満載です。

 

 

ふと上方を見ると 此処にも石垣がありました。

 

その先にも

 

 

下方に石垣が見られるそうです。

頼り無さそうに張られた紐を持って下りて行くのですが・・・

行くべきか 迷いましたがパス (やはり後で後悔しました)

 

 

下りられた方達の姿が見えます。

 

 

後世の石垣は 上に直接建物を建てていますが

飯盛城の石垣は

自然石がほぼ垂直に積み上げられています。

つまり 城を造るために盛った土の抑えであったのではと。

 

 

三好長慶

1564年(永禄7年)43歳で病死したことは秘され

その遺体を3年間仮埋葬していたと言う 二ノ丸 御体塚郭

何故か 300回登山の記念碑が建てられていました。

 

少し下ると 御体塚郭の石垣です。

 

 

 

急斜面 木留めの階段を 

まさに下って また下ってと滑りそう。

 

 

御体塚郭の北側に在る 防御のための堀切

尾根が切断されています。

 

 

 

上り詰める地に在る 立札と史蹟碑

戦国時代 最初の天下人と言われ畿内に君臨した 三好長慶

1560年(永禄3年) 飯盛城に入城

居城と定め 大規模な改修作業を実施し 現在の城郭となったと

考えられています

 

 

 

只今 14時24分

先程の展望台からの眺望より 大阪市内方面は明るい。

 

 

 

 

この下りは 鎖を持ち持ち・・・膝が笑いそう。

特に 厳しかったです。

 

 

 

 

この辺りは 金剛生駒国定公園だそうです。

そして 四條畷からの登山口です。

 

 

四條畷からだと 登山道 

野崎観音(大東)だと ハイキングコース

どちらにしても続く木留の階段は厳しかったです。

 

続・日本百名城・160番目に登録された

日本最大級の山城・飯盛城

土橋・堀切・石垣と頬緩む時を過ごしてきました。

 

 

15時 楠木正行とその一族を祀る 飯盛山の麓に在る

四條畷(なわて)神社

 

 

社殿の屋根が こんなに近くで見られるなんて 

修理中のようでした。

 

 

 

この情景を撮って 「京都に行ってきました!!」と言っても良いかも

・・・と言われた方 

そんな光景でした。

 

野崎・スタート地点から野崎観音まで30分ほどと

そして 四條畷の街は道が狭くバスの通行は不可と言うことで

四條畷神社から野崎でのバス下車地点まで歩くこと 35分ほど

この1時間余が問題だったようです。

 

既に 15時50分 

次の目的地は

大東市野崎からは 移動時間・約55分ほどの地に在る

岸和田城です。

見学時間 10時~17時(入場は 16時)

完全に間に合わない・・・

添乗員さんの必死のお願いに? 応えて頂き開けて待って

下さると言うことでした。

 

今回のコースは 初めて企画でした。

時間に誤算があったようです。

野崎観音までの時間・30分 

四條畷神社から野崎でのバスへの時間・35分の1時間余

組み込まれていなかったと言うことでした。

 

                      ~岸和田城へと続きます