1989年 400年近くの年月を経て再現された

清洲城 

 

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        愛知県清須市朝日城屋敷

 

1405年 尾張守護所の下津城(稲沢市)の別郭として築城されました。

下津城が戦乱で消失した 1476年守護所が清洲城へと移され

1555年 織田信長が那古野城から入城し、ここ清洲から天下統一の

第一歩を踏み出しました。

 

しかし、1582年の本能寺の変により、その夢も半ばにして終わりを

告げることになりました。

 

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天守閣からの眺め、岐阜方面です。

ここに備えられた望遠鏡、「レバーを上げて覗いて下さい」とお城の姿が

切り絵のように映り かって有った所に城の姿が確認出来ます。

 

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名古屋方面、JRセントラルタワーズが見えます。

 

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天守閣横の芸能文化館では、甲冑武者体験が出来ます。

因みに、この方はドイツの方です。

満足そうなご様子で とてもお似合いでした。

 

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白砂を敷き枯山水として美濃石を配した庭

 

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その一角に水琴窟が

棒の先に耳を当てると澄んだ音色が聞こえてきます。

 

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大手門から、五條川に架かる朱塗りの「おおてはし」を渡り

 

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清洲城址   

先ほどの望遠鏡で見えていた位置は、此処でした。

 

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城址から2~3分の所に、清洲公園が在ります。

1560年 桶狭間の出陣の際の雄々しい姿 信長公の像があります。


その後、名だたる武将が城主となるが

1610年 徳川家康により清洲城を廃城として 織田氏の那古野城跡周辺に

名古屋城の築城を命じました。

 

そして、「清洲越」と言われる 家臣・町人・社寺3社・寺110か寺等々を

移転すると言った徹底的なものが行われました。

 

これにより 全ての機能は清須(洲)から名古屋へと移り

城と共に清須の町も忘れ去られてしまいました。


1573年 小谷城落城・浅井長政自刃後、お市の方と浅井三姉妹は

織田信長の拠点であった清洲城でひと時過ごしていました。


年月を経て、清須市のシンボルとしてまた、平成の城として

赤・白・黒のコントラストが印象的な姿を見せています。


                   暫し、歴史のロマンに浸ってきました。