友達の息子さんが不登校になっているという話を
ばあばとした

その時にばあばは
「親は辛いだろうね」と言った
「もしかんちゃんがそうなったら、大変だね」とも言った


母は
もしかんちゃんが不登校になっても"大変"だとも思わないし、おそらく"辛く"はない

"辛い"のは、親ではなく、不登校になった本人かなと…

不登校の理由、それがもし「いじめ」だったりしたら、そのいじめている人物を許さないし、容赦しない!!

でも友人の息子さんのように
「学校に行く意味がみつけられない」というような理由だったら、
話をよく聞いて、
考えさせた上でのことであれば受け入れる。
そして、向かうことのできる道を考える。


ばあばは、なぜ辛いかというと「これからの人生が厳しいものになるから」と言った

もちろん自分の子供には、苦難の道を進んで欲しくないと思うのが親だし、愛情かもしれない。


でもだからといって、学校にいかないからといって
「これからの人生が厳しいものになる」ことが決まっているわけではない

本人の考えで、不登校を選んでいるのだとしたら、親は「辛くなる」ものではないと母は思う

かんちゃんには
いろんな人生の可能性がある

何らかの理由で(いじめや人間関係以外の場合)不登校になったとしたら
学校に行きたいのにいかれない不登校なら
かんちゃんの行くことができる学校を世界中から探し出すし、

いじめや人間関係の理由でだとしたら
母は徹底的に戦うよ!!

それでも不登校なら
母の友人がしているように"静観"して
受け入れる。


母は友人が悩んでいたのを知っているし、話を聞いたりしていたから
今の"静観"状態に到るまでの時間の長さを知っているし、理解している


ただ、いわゆる偏差値の高い有名大学にいくことができれば幸せな人生か、ということには大反対だ

今中学校選択の中で、大学の合格実績ばかりを宣伝材料にしている学校には疑問を持ってしまう…

幸せな人生にはいろんな形があるし、
いろんなことが起こるから人生は幸せなものだビックリマーク