私が中国事業を立ち上げて3ヶ月が経ちます。
この間に北京、上海に出張し、中国現地での様々な人や情報に触れ、日本で純粋に働いているだけではあまり考えなかった日本の雇用の問題や日本のガラパゴス化について本気で考える機会を得られています。

外から「日本の独自システム(年功序列等)」を見ると本当に世界標準からかけ離れていることを痛烈に感じます。また、世界2位の経済大国だったという幻想を持ったまま、その独自システムを中国にむりやり当てはめようとしていること。そして、うまくいかないことを「中国人はすぐ辞める」という言葉に置き換え、解決策の本質に迫れない変化対応できない企業の姿が浮かび上がっています。
ダーウィンの進化論的には、変化に対応できなければ「絶滅」します。変化に対応できたものしか生き延びることはできないのです。
日本はこれまで蓄積した財産を食い潰して生き延びているようにしか思えないのです。周囲の各国は1997年のアジア通貨危機を境に、劇的な進化を遂げています。
そして日本のお家芸だった「造船」「鉄鋼」「家電」「半導体」「太陽光電池」等で日本を追い抜いてしまった。

それなのに、まだ日本は劇的に変わろうとする会社が少ない。
ローテーション人事でたまたま人事に異動してきた会社員では改革は難しいのでしょうか。
日本人には志はなくなってしまったのでしょうか?
学生の質の低下を嘆く前に、自分の志の無さにも自問自答すべきだと私は思います。


だから私は、日本の職場を開国することは危急の問題だと思うのです。それを無くして、アジアの方々との協働はうまくいかず、それを可能にした欧米・韓国勢の後塵を拝することになります。
なぜか、それは中国が先進国へ輸出するための「製造基地」「工場」から、「世界の市場」へ変化したからです。
それは、製品を作って、売って、納品して、アフターフォローまで現地で行うことを意味します。中国の方々との協働なくして、現地の内需マーケットを攻略することは有り得ないのです。

早くしないと日本はガラパゴス化し、世界経済の主なプレイヤーから相手にされなくなります。
優秀な世界の人材を惹きつけられなくなります。


さて、本題ですが中国の方とビジネスをするに当たり日中両国の「歴史認識」が及ぼす視界の違い」を感じます。私たちの中国の歴史は「満州事変」までの知識であり、それ以降の中国は教科書からは学びません。しかし逆に、中国の方々の教科書はそれ以降の日本について勉強をしています。
 この認識の違いはビジネスにおいて関係構築をする上で非常に大きな視界ギャップを生み出します。世界に出るということは、「自国」を自分自身がどのような「視界」で捉えているのか?というアイデンティティ無くして有効な関係構築は無いと思います。グローバル人材というものは、歴史的認識から深く自国を分析し、そして相手国を分析できる視点を持てること。これは欠かせない能力だと思います。