「すべてが控えめで日本的な親しみを持っている。
やはり京都だ。東京にはこのようなものはひとつもない。」
ブルーノ・タウト 1933年(昭和8年)宇治平等院にて 日本雑記
■観音堂
重要文化財。鎌倉前期建立。
一重寄棟造、本瓦葺、正面桁行七間、梁間四間。
中央三間蔀戸、両脇二間腰長押・連子窓。
南東側。
組物は大斗肘木、中備は間斗束。
地垂木は楕円、飛檐垂木は四角の地円飛角。
考えてみれば古代より正円、六角などに製材されてきた地垂木ですが、楕円もあるんですね。
東面を北より見たところ。
もともと陽成院の建てた離宮・宇治院の釣台があった位置と伝わります。
1052年(永承7年)平等院創建時、当地に本堂(本尊:大日如来)新造。
あるいは寝殿である宇治殿を本堂に改造。
1180年治承の乱あるいはその後に、本堂焼失。
鎌倉初期本堂跡地に観音堂を建立。
釣殿観音堂、釣殿観音、釣殿などと呼ばれていました。
その後の2度の大火をまぬがれ奇跡的に現存する貴重な建築物です。
北面。
本尊に十一面観音立像(重文、平安後期)、脇侍には地蔵菩薩立像、不動明王像を安置していました。現在本尊は鳳翔館にて保存展示。
現在は蓮華手観音菩薩像、法橋徳応の二天像、不動明王像を安置。
1950年(昭和25年)大修理の際製作された鳳凰堂1/10模型、鳳凰像初代レプリカを収蔵。
西面。
南西側。
■扇の芝
1180年源頼政は高倉宮以仁王を奉じて平家打倒に立ち上がり、平の知盛の大軍を宇治川に迎え討ちました。
しかし戦利なく流れ矢に傷ついた頼政は軍扇を開き、この地で自刃したと伝えられています。
■藤棚
観音堂脇の藤棚。
宇治名木百選。まめ科。高さ3m、幹周24m、推定樹齢200年。
下がり藤を家紋とする藤原家の象徴。
■鐘楼
鎌倉初期-室町期建立。高さ6m。
2006年修理。木部補修、瓦葺替、金具交換、塗装。
鳳凰堂塗装に先立つ調査結果をもとにし、古代色復元のため、創建時塗装材料と考えられる以前より黒みがかったベンガラにて鐘楼を塗装。
境内南側の小高い丘に建ちます。
かつては鳳凰堂南側の園池のほとりに鐘楼がありました。
梵鐘は銅製鋳造、12世紀(製作年の銘は無し)、総高199cm、口径123cm、重量2t。
オリジナルの梵鐘(国宝)は保存上の観点から1965年(昭和40年)より保管、現在は鳳翔館に収蔵されています。古くから「天下の三名鐘」と呼ばれた有数の姿です。
鐘楼には1972年(昭和47年)より2代目となる復元模造が懸けられています。
最上部には鬣を逆立てた龍頭の装飾、宝相華唐草の地文の上には鳳凰、踊る飛天、獅子、唐草などが表現されています。
鐘身全体に華やかな紋様を施す朝鮮鐘の影響を受けています。
1980年(昭和55年)には60円普通切手のデザインにも採用。
白地のバックに緑色の釣鐘の切手が印象に残る方も多いのではないでしょうか。
「宇治七名水」で平等院境内にあったとされる「法華水」「阿弥陀水」は明治初期に失われてしまいました。
また鳳凰堂南崖にあったとされる「阿弥陀水」は鳳凰堂の南側平橋南袂の西すぐに井戸と石碑が存在しています。
■WC
鐘楼のある丘の階段下。
■六角堂
東屋。休憩所。六角宝形造。
1950-1957年(昭和25-32年)年鳳凰堂解体大修理の際傷んだ古部材を交換。廃材再利用にて六角堂を建築。
こういうのいいですよね。
日本人好みな「勿体ない」「リサイクル」の精神はもちろんですが、この空間がさりげなく悠久の歴史を伝えているという点が洒落ています。
柱の臍を見れば古部材であることは一目瞭然。
屋根上の宝珠は鳳凰堂翼廊のものなんでしょうね。
境内南東側の平屋建物。
その背後の2階建建物。
■平等院ミュージアム鳳翔館
1965年(昭和40年)建築の初代宝物館に代わり2001年(平成13年)オープン。
地上部鉄骨鉄筋コンクリート造、地下部鉄筋コンクリート造、地上部築造面積816㎡、延床面積2,249㎡、大林組施工。
国宝級の美術品を収蔵展示。
梵鐘1口、木造雲中供養菩薩像26躯、鳳凰一対、鳳凰堂中堂壁画8幅
観音菩薩立像他、仏像、書状、古図、発掘出土品
復元映像
■旧南門
伏見城遺構と伝わる薬医門。主要部材は希少な赤樫製。
豊臣秀吉により建築され現存する最古の遺構。
2010年(平成22年)塗装修理。
鳳凰堂塗装に先立つ調査結果をもとにし、創建時塗装材料と考えられる茶色がかった丹土ベンガラ系にて塗装。
南側。
北側。
■寺務所
表門を入りすぐ右手の平屋建物。
■表門
正門、北門、北大門。江戸初期建立。ケヤキ材。
浄土院門として伏見城より移築。1957年(昭和32年)現在地に移築。
近年塗装修理。鳳凰堂塗装に先立つ調査結果をもとにし、創建時塗装材料と考えられる茶色がかった丹土ベンガラ系にて表門を塗装。
表門北側。
表門南側。
■藤棚
表門前の藤棚。
■標石
■参道
■地蔵尊
平等院は一般の古寺院と異なり遺構に近いものがあります。
なぜなら、多くの堂塔はついに再建されることなく、中世には住職も途絶えてしまったからです。
やがて境内には別宗派が乱立し、互いに対立するようになりました。
その後は幕府の裁定により、浄土宗と天台宗の2宗派が管理するという独特なシステムを維持しています。
幕末までは10近くあった塔頭もほとんど廃寺となり、現在2寺を残すのみです。
■浄土院 ***************************************************************
明応年間(1492-1501年)浄土院(浄土宗)創始。
榮久上人が平等院修復のために開創。
幕末までには浄土院を中心に8子院が形成されていました。
本尊:阿弥陀如来
木造阿弥陀如来立像(檜材 寄木造 鎌倉後期-南北期 像高89cm)
木造帝釈天立像(宇治市指定文化財 平安後期 像高147cm 鳳翔館展示)
帝釈天像(宇治市指定文化財 11世紀 像高147cm 鳳翔館展示)
藤原頼通坐像(江戸期 像高35cm)
養林庵書院障壁画を管理。
■本堂
本尊:大日如来立像
■救世船乗観音
本尊手前右の金色厨子がひときわ目立つ観音様。
かつて境内南西角付近に位置していた浄土院子院の観音堂本尊。
第二次大戦後本堂に移され安置。
ところが戦後間もなく盗難にあい像を失います。
厨子、台座、守護札のみが残りました。
平等院開創950年記念事業の一環として仏師村上清により2003年復元。
航海の安全、旅の安全、成人式、生涯など人生儀礼の祈願。
「宇治七名水」で平等院境内にあったとされる「法華水」「阿弥陀水」は明治初期に失われてしまいました。
「法華水」は絵図をもとに2011年鳳凰堂西側推定地である浄土院北側に縦横85cm、高さ50cm、深さ1mの井戸を掘り再興されています。
■石造層塔
鎌倉期建立。総高378.5cm、基壇80cm、角厚22.2cm、花崗岩。
■宇治茶祖 竹庵の碑誌
1699年(元禄12年)建碑。
■壱岐守細野藤敦石碑
■大書院
平等院山内で最も古い書院。
蘭香斎玉賓の獅子図四面や、後醍醐天皇が三種の神器を納め平等院に滞在したといわれる御座所が残ります。
本堂南側。
大書院の西側後方より渡り廊下を経て、南側の養林庵へと繋がっています。
■養林庵書院
重要文化財。 桃山期。門左手の檜皮葺屋根の建物。
「養林庵」は塔頭のひとつでしたが現在は浄土院に統合されています。
1601年(慶長6年)清誉加伝により「養林庵」開創
宝暦-天保年間(1751-1843年)一時無住となる
1905年(明治38年)廃絶
その後改築により浄土院本堂と連結
単層正面入母屋造、背面切妻造、側面庇付、檜皮葺。桁行9.1m、梁間9.9m。
1601年(慶長6年)加傳和尚により伏見城から移築。
内部は桃山様式の見られる書院、仏間、茶室があります。
広縁中央には、松花堂昭乗による「養林庵」の扁額が架かります。
狩野山雪による障壁画「籬と梅図」(一の間・二の間)、山楽による床壁絵「雪景楼閣山水図」、2012年奉納の山口晃による襖絵があります。
■籬(まがき)と梅図
宇治市指定文化財。江戸期。狩野派(狩野山雪など)筆。
竹垣の上に見える松。
京都府指定名勝。
細川三斉(忠興・熊本藩主)作と言われる平庭枯山水。
十字架型の織部燈籠があります。
■羅漢堂
宇治市指定文化財。十六羅漢像を安置。
1640年(寛永17年)宇治茶師・星野淨安道斎により建立。禅宗様。
鏡天井には黄土色の龍。
■最勝院 ***************************************************************
1654年(承応3年)最勝院(天台宗)創始。澄栄師開山。
京都東洞院六角勝仙院(住心院)の僧・澄栄師が平等院に移り、当地の住庵を最勝院と号したことが由来。
本尊:不動明王
天台修験宗の聖護院末寺であり役小角像を安置。
■門
北側の門。
■本堂
北側の門正面。
本尊:不動明王立像(像高145cm 鎌倉期)
客殿に安置されていた女神坐像(像高46cm 平安期)は現在鳳翔館にて展示。
玄関には桃山様式の唐破風。
玄関上部にある藤の花の透板彫が施された欄間は、伏見城から移されたもの。
■春日型石灯籠
鎌倉初期。欠失なく全て当初材のまま現存。
■不動堂
南側の門より入り左手前。
本尊:不動明王
災難除不動尊。
■池殿地蔵堂
不動堂の奥、左隣。
本尊:池殿地蔵菩薩坐像(南北期)
平等院浴室の守護仏、池殿地蔵を祀ります。
■源頼政墓
源三位頼政の墓。
宝篋印塔。総高2m。江戸期造立。
1180年(治承4年)平清盛の横暴を憤り、ついに高倉宮以仁王の令旨を奉じ、平家打倒の義兵を挙げ、宇治決戦に及びますが衆寡敵せず大敗を喫します。
境内扇の芝に於いて自刃。
辞世
「埋もれ木の 花さくことも なかりしに
みのなるはてぞ 悲しかりける」