2013年4月24日(水)
長崎・出島の観光を終え(記事はこちら )
次の目的地である島原に向かいました。
12時過ぎのJR快速シーサイドライナー・佐世保行に乗車。
最初は、島原に着いたら食事をしようか
と話していたのですが
お昼過ぎていたので、長崎駅前のキオスクでお弁当を買って食べることにしました。
選んだのは、↓こちらの「長崎ぶらぶら弁当」¥1,000
長崎で有名な卓袱料理 (しっぽくりょうり)を、お弁当で再現?したもののようです。
卓袱料理 (しっぽくりょうり)は、中華や西洋料理を日本人の口に合うように
アレンジした、宴会料理です。
大皿に盛られた料理を円卓で楽しむ形式なので、
こちらは中華料理のイメージですかね?
薬膳の要素も入っているようです。
結構、色々なおかずが入っていました。
(というか、ご飯も多かった・・・。でも完食
)
島原までの移動時間が、約2時間ありました。
島原に着いてから、どこかお店を探して食べていたら観光の時間がなかったので
お弁当にして、良かったね~と話していました。
車内はこんな感じでした。
諫早で、島原鉄道・島原外港行に乗り換えま~す。
イエローの車体もかわいいけれど、1両編成というのもかわいい ![]()
仙石線の4両(←私が通勤で使っている電車)も小さいと思うけれど
1両の電車って、まだあるんですね~。
私たちが一番最後に乗り込んで、座れるかどうか心配でしたが
さすが1両・・・ ![]()
そして、ようやく島原駅に到着~ ![]()
大きな荷物は駅のコインロッカーに預けて、島原城に向かいます。
駅から歩いて10分ほどで、お城とお堀が見えてきました。
私たちが訪れたとき、お堀には枯れた枝葉のようなものしかありませんでしたが
パンフレットを見ると、一面に蓮が咲くようです。
お城の入り口には、ツツジが咲いていました。
私の住んでいる宮城県と比べて、1ヶ月くらい季節が先に進んでいる
島原城は1618年着工、松倉重政によって築城されました。
その後は、松倉氏→高力氏→松平氏→戸田氏→松平氏(再)と
4氏19代の居城になりました。
また、1792年には島原大変肥後迷惑(地震と津波)があり
記録では第3波あったそうです。
島原城下南側を津波が飲みこんだそうですが
島原城は、地震に耐えたとのことでした。
明治維新で廃城になったものの、1964年に天守閣が復元されました。
島原と聞くと、一番最初に思い浮かぶのが1632年の島原の乱。
島原城の中にも、島原の乱に関する多数の展示物がありました。
その他にも、郷土資料館、民俗資料館もあります。
(写真撮影禁止なので、写真はありません~
)
最上階は展望台になっています。
転落防止のため、フェンスが張ってあるので
遠くの街並みまで見渡せました。
お天気が何とかもってくれたので、良かったです。
お城の裏手に、沢山の銅像が並んでいました。
進むと一つの建物があります。
こちらは、西望(北村西望)記念館でした。
長崎の平和記念像の作者、と言うと分かるのでは ![]()
館内には、平和記念像が作られた行程が
分かりやすく紹介されています。
彫塑(ちょうそ)という、枠の上に素材を盛りつける方法で作られています。
他にも、躍動感にあふれる作品が約60点展示されていました。
超ダンディー
な、イケメン清正公像も ![]()
こちらにも、修学旅行生が大勢いました。
いなかったら・・・私と友人の2人の貸切だったかも ![]()
次回は武家屋敷をご紹介します ![]()












