12月30日は素敵な友人達とお食事会!!!
相変わらずのらりくらりなペースでお喋り!!!
お酒も美味しくて、2011年の最後の締めに相応しい日でした。
まぁ1人は解散する5分前に登場したから何とも言えないけどねwww
今月末にはまた集う予定なので楽しみ!!!
隣の外国人女性グループからナンパされて一緒に写真撮ったったー!w
12月31日からは久しぶりに実家に帰省しました!!
家族でお正月を迎えるなんて何年ぶりだろう....
東京では味わえない新鮮な空気と幾千もの星を眺めて、母の手作り料理をたんまり頂いた結果胃もたれになったのは秘密←
半年ぶりに会う家族は変わらず元気やった!!!
不器用な父に、忍耐力が人1倍強い母に、母のように少しずつ太る姉、のんびりと普通に過ごす兄、わいを見ただけでビービー泣きわめく姪っ子に、デブネコになったペット....
みーんな変わってなかったw
姪っ子なんかハグされただけで号泣するもんだから、叔父さん頑張ってグーフィーのモノマネしたけど効果無し...
よくよく考えたらいきなり現れた叔父さんが笑顔で対応したら誰だって不気味だと思われるわなwww
立派な変質者だね!!!調子いいぞ自分!!←
かぼちゃの煮転がしやきんぴらごぼうに天ぷら、年越しソバ、神戸牛など素敵な食べ物ばっか頂いて胃袋パンパーン!!
脚が悪いばぁちゃんなんかわざわざ黒豆の煮を作って頂いてめっちゃ嬉しかったよ!!!!!
甘い味がして幸せやったわー
久々にばぁちゃん家の目の前の海の磯の香りを匂いで心が安らげた
東京やら伊豆やら箱根やら、そんな海よりもばぁちゃん家の海の方がめちゃめちゃ落ち着く。
幼いころからばぁちゃん家に行きまくってたから、あの磯の香りがどーも忘れない!!
鞆の浦の匂い最高です!!!!
あとは、久々に家族と交わすお酒は普段より別格で美味しく素敵な話もたくさん出来た。
何か、自分が聴覚障害持っているというハンデを背負いながら色々苦しいことがたくさんあるけど、1番大変なのは親と兄弟なんだなって
親だって好きで障害の子供を産んだわけじゃないから、普通の子供を育てるのも大変だけどそれ以上に情報のアンテナを張りながら、普通の子供に育って欲しいと願いながらここまで育んで自分は生かされてきた。
兄弟だって、親が死んだ後は障害の子供に面倒をみてあげるという責任を負うことなる。
しかも、昔はお産婆が普通の子じゃないと一目見てわかったら今後の親の為にその産まれた子供を殺すということが当たり前だった。
障害を持つ人は家庭のお荷物になるという考え方があったが、今の時代では障害者でも働ける場所があって自力で進める場所がある。
こんな時代に産まれてきたけど、結局は恵まれているんだなと。
自分で働いて稼いだお金で衣・食・住が整ってる生活を過ごしているから、ここまでの力を蓄えてきたのは家族のおかげであるんだなと改めてそう思った。
実家に帰省してから、ただ今を「ただいま」とうまく伝えられるだけでも素直であって、きちんと帰れる場所があるんだなと幸せを感じた。
あとは、ちょっと東京で働くのが嫌になって地元で働きてぇ...みたいなことを親に説明したら
「それは、別に全然構わない。誰も東京で働いてなんて言っていないだけで、自分で決めたわけだから私らは全然構わんよ」
「だけど、東京で働いたことで何か身に付けて帰ってくるのなら地元で働く可能性はある。だけど何んにも身に付けない状態で地元に帰ってきて働くなんてそう簡単にはいかないよ」
「忙しくて大変なのは何処でも同じ。だけど、時が経つことで今の仕事に慣れて、この仕事でもいいんだな。と思えるようになるよ。何処の仕事でも嫌なことばっかりだよ!だから仕事の環境に慣れれば、自分がその仕事を受け入れたことと同じだから」
「東京で今の会社を辞めて、他の仕事をするのは全然反対しないけど、何かを得る気持ちが大きくないと先に進まないから!もう立派な大人なんだから、私らがとやかく言わないよ。」
もう泣きそうになったよ。
こんなに当たり前なことを自分が気付かないなんてな。
母さんホンマにありがとな。
やっぱ親にとっては子供はいつまで経っても子供なんだ。
少し肩の荷が取れて、まだまだ東京で働くのを頑張ろうって思った。
実家に帰省したい!!地元で働きたい!!!のは現在の自分のわがままであるから、年に数回実家に帰省して今回みたいな話をすることで自分の進むべき道の答えが見つかる可能性がいくつかあると思った。
あとは、母の手作り料理だって美味しく食べられる。
毎日に食べるよりかは、年に数回食べることでありがたみが大きくわかる。
今回のお正月は実家に帰省してホントに良かった!!
素敵なお正月でした。








