僕たちは世界を変えることができない
こんにちは~。。
水曜日担当の あべ けんいち です
昨日映画「僕たちは世界を変えることができない」の試写会に行ってきましたー。今から感想をつらつらしますねー。。
■かんたーんな内容
向井理演じる大学生が突然カンボジアに小学校を建てようと決意し、仲間達と学生団体を結成。そして、そのための資金150万を集めるために、イベントを開いたりいろいろ頑張っちゃうんですー。そうしてお金がたまってきて、小学校建設が具体化してくるな中で、自分が行おうとしていることは本当に正義なのかどうか。主人公は葛藤し、苦しむんだなぁ。そうして、主人公が出した答えはーーみたいな話。。
■数ヶ月前の自分に対するノスタルジー
意外だったのはあんまり泣けなかったこと。先に行ったまわりの人たちがみんな「ちょ~号泣やで」みたいなことを言っていたから、どんなになっちゃうんだろーと思ってたんだけれども、あんまり泣けなかった。俺けっこーなんでもボロボロ派なんだけれども。。なぜだろう?なんだか、そうゆう感情よりも数ヶ月前の自分に対してのノスタルジーに浸ってしまった感じだったんだなぁ。フックはたくさんあったんだけれども、あえてそれに引っかからないようにしている自分がいた。この数ヶ月の間。たった数ヶ月の間に自分に起きた変化は何に起因するものなんだろう。
■今の自分と数ヶ月前の自分
終わりなき日常を終わらせるために非日常を求めて。努力して。だけども、結局また日常に戻って。。数ヶ月前の僕。終わりなき日常が終わる事を知って、ただただ狼狽える今の僕。この変化をもたらしたのは、やっぱり東日本大震災だと思うなぁ。
■今までの日常
僕たちの世代って、生まれてからずっと不景気だし、何も大きな出来事(社会全体としてのね)がなかったし、今の日常は終わらないんだって感覚がスゴクあったと思うのです。だからこそ、個人の営みと社会を結びつけられないかと思って、「僕たちは世界を変えることができる」のではないかと思いながら、いろいろ活動をしてきたなぁ。それはあくまで、日常に対する非日常を作り出す試みで、個人のコミットが繁栄される日常。つまり非日常を作り出すことで、その社会の一員として自分自身のレーゾンデートルを獲得する。でも結局非日常は恒常性がないものだから自分の日常に戻って来て、また終わりなき日常を生きる。その繰り返し。繰り返し。。そのための非日常を作り出すためのテゴロな日常がカンボジアなどの東南アジア、、僕たちより物理的な面で貧しい国。そうした国々への支援のための学生団体はたくさんあるし、実は自分もその一員としていろいろやってきたんです。。
■終わってしまった日常
でもそうゆう日常は終わったと思うんだぁ。僕たちは3月に震災を経験した。そして、それから今まで当たり前だったことが全然当たり前じゃなかったということを知った。このチャプターではいろいろ書くことが思いつくんだけれども、なんだか文字にできないなー。どうしていいかわからないんだと思うなぁ。このぶっ壊れた日常にどう向き合っていいかわからないんだろうなぁ。だからこそ、それを模索するために俺はこのサークルで震災を特集したフリーペーパー制作に励んでいるんです。
■話がだいぶそれてきたので修正
要するに今の僕には「ぼくせか」が描く大学生の葛藤は主観的ではなく客観的視座からしか見れなかったなぁ。だから泣くことはできなかったけれども、そうゆう視座から見て、もう戻ってこないかもしれない終わりなき日常が懐かしくて、懐かしくて、、胸が熱くなりました。。
という話です笑。映画自体はすごくよかったですよー!みなさんもぜひぜひ見に行って欲しいなぁ♪そして、僕は世界(日常)への向き合い方を模索するためにフリーペーパの制作を頑張りますよ~~。
ということで今からフジロックの準備をして、明日の朝から行ってきますー!!来週のブログではレポートをアップできるかもなぁ。。またね!!
水曜日担当の あべ けんいち です
昨日映画「僕たちは世界を変えることができない」の試写会に行ってきましたー。今から感想をつらつらしますねー。。■かんたーんな内容
向井理演じる大学生が突然カンボジアに小学校を建てようと決意し、仲間達と学生団体を結成。そして、そのための資金150万を集めるために、イベントを開いたりいろいろ頑張っちゃうんですー。そうしてお金がたまってきて、小学校建設が具体化してくるな中で、自分が行おうとしていることは本当に正義なのかどうか。主人公は葛藤し、苦しむんだなぁ。そうして、主人公が出した答えはーーみたいな話。。
■数ヶ月前の自分に対するノスタルジー
意外だったのはあんまり泣けなかったこと。先に行ったまわりの人たちがみんな「ちょ~号泣やで」みたいなことを言っていたから、どんなになっちゃうんだろーと思ってたんだけれども、あんまり泣けなかった。俺けっこーなんでもボロボロ派なんだけれども。。なぜだろう?なんだか、そうゆう感情よりも数ヶ月前の自分に対してのノスタルジーに浸ってしまった感じだったんだなぁ。フックはたくさんあったんだけれども、あえてそれに引っかからないようにしている自分がいた。この数ヶ月の間。たった数ヶ月の間に自分に起きた変化は何に起因するものなんだろう。
■今の自分と数ヶ月前の自分
終わりなき日常を終わらせるために非日常を求めて。努力して。だけども、結局また日常に戻って。。数ヶ月前の僕。終わりなき日常が終わる事を知って、ただただ狼狽える今の僕。この変化をもたらしたのは、やっぱり東日本大震災だと思うなぁ。
■今までの日常
僕たちの世代って、生まれてからずっと不景気だし、何も大きな出来事(社会全体としてのね)がなかったし、今の日常は終わらないんだって感覚がスゴクあったと思うのです。だからこそ、個人の営みと社会を結びつけられないかと思って、「僕たちは世界を変えることができる」のではないかと思いながら、いろいろ活動をしてきたなぁ。それはあくまで、日常に対する非日常を作り出す試みで、個人のコミットが繁栄される日常。つまり非日常を作り出すことで、その社会の一員として自分自身のレーゾンデートルを獲得する。でも結局非日常は恒常性がないものだから自分の日常に戻って来て、また終わりなき日常を生きる。その繰り返し。繰り返し。。そのための非日常を作り出すためのテゴロな日常がカンボジアなどの東南アジア、、僕たちより物理的な面で貧しい国。そうした国々への支援のための学生団体はたくさんあるし、実は自分もその一員としていろいろやってきたんです。。
■終わってしまった日常
でもそうゆう日常は終わったと思うんだぁ。僕たちは3月に震災を経験した。そして、それから今まで当たり前だったことが全然当たり前じゃなかったということを知った。このチャプターではいろいろ書くことが思いつくんだけれども、なんだか文字にできないなー。どうしていいかわからないんだと思うなぁ。このぶっ壊れた日常にどう向き合っていいかわからないんだろうなぁ。だからこそ、それを模索するために俺はこのサークルで震災を特集したフリーペーパー制作に励んでいるんです。
■話がだいぶそれてきたので修正
要するに今の僕には「ぼくせか」が描く大学生の葛藤は主観的ではなく客観的視座からしか見れなかったなぁ。だから泣くことはできなかったけれども、そうゆう視座から見て、もう戻ってこないかもしれない終わりなき日常が懐かしくて、懐かしくて、、胸が熱くなりました。。
という話です笑。映画自体はすごくよかったですよー!みなさんもぜひぜひ見に行って欲しいなぁ♪そして、僕は世界(日常)への向き合い方を模索するためにフリーペーパの制作を頑張りますよ~~。
ということで今からフジロックの準備をして、明日の朝から行ってきますー!!来週のブログではレポートをアップできるかもなぁ。。またね!!


