昨今では専らSNSの普及で「リア充(現実世界で充実している)」や、やたらキラキラした生活を見せたがる人が増えています。
映える写真をアップしては、それによる「いいね」数アップで、自己肯定感を高めようとしている人もたくさんいます。
痩せることで自信をつけようと、日々のダイエット動画をアップしては、周囲から賞賛を得たがる人もいることでしょう。
とにかくSNSや動画配信の技術が格段に上がったことで、ただの一般庶民の私たちでも、誰もがスターになれるチャンスは増えました。
しかし、誰もがスターになれるチャンスが増えた一方で、誰でも手軽にSNSを駆使して、注目を集めたり、商売ができるようになったので、既に飽和状態にあるのも事実です。
もうそのような人がたくさんいる中で、いかに自分が目を引くもの、魅力的に感じるもの、手が止まるものを作れるか、激しい競争が毎日繰り広げられています。
そんなキラキラした栄光の波に、なかなか乗れない人がいることも事実です。
それでは、その波に乗れなかった人たちは全く人生の輝きもなく、空しい人生を送るだけなのかというと、そうではないと思います。
映えなくても、キラキラした人生を送れなくても、十分に幸せになれるチャンスや機会はたくさんあるはずです。
毎日キラキラした生活をSNSにアップしている人は、果たしてそのような生活はいつまで続けられるでしょうか?死ぬまでできるのでしょうか?病院に入院したり生死を彷徨う状態になっても、その姿をSNSにアップするのでしょうか。
人間、都合の良いときにしか、自分のそのような状態を世間にさらすことはないでしょう。良い状態だから出来ることであって、悪いことがあれば、それをSNSにわざわざアップすることなどないでしょう。あるとしたら、闘病生活をして頑張っている自分を見せたいという事でしょうか。
とにかく、人は都合の良いようにしか物事を見ようとはしません。都合の悪いことは見せたがらないはずですし、隠したがるものです。
SNSにアップしてまでキラキラした生活など長続きはしません。どこかで必ず終わります。
アップしなくても、キラキラした生活をしなくても、どこか何かに幸せを感じるときこそ、本当の幸せな時間を過ごしているはずです。
家族と食卓を囲んでいるとき、ペットと一緒にいるとき、美味しい物を食べているとき、友達と外出しているとき、欲しいものを買ったとき、良く眠れているとき、可愛い野鳥のさえずりを聞いているとき・・・等、日常生活の中にたくさん幸せを感じる瞬間があるはずです。その瞬間を感じられているときこそ、最も幸せな瞬間であり、その瞬間はSNSでわざわざアップせずとも良いのです。
わざわざアップをするのは、結局のところ承認欲求の塊に過ぎません。
詰まるところ、自分自身が満足するという境地には至っていないということになります。
他者から「いいね」や「わーすごい!」と称賛してもらって初めて満足するのですから。
そう考えると、キラキラした生活をアップする人は、承認欲求が強い人が多いわけです。いちいちそんなことに構っていては、自分の時間を奪われるだけです。
ただ、ある意味、芸能人などはファンの「いいね」がなければ生きていけません。ファンがあってこその芸能活動なので、人気がなければ即終了です。
無理をしてでもキラキラした生活を送らなければならないことを想うと、ちょっと気の毒と言いましょうか、大変ですね。
でも、大丈夫。
私たちは芸能人を目指している訳ではないのですから、本当は真似をする必要などないのです。
