おおざっぱな仏教の歴史 2
仏教を葬式以外では知らない方のために、予備知識として、
仏教の歴史を書いています。
インド仏教の展開
大乗仏教時代
大乗仏教がいつどのようにして誕生したのかは不明です。
諸説入り乱れ、これだけで数冊の本になりますし、その論議も楽しいものです。
大乗仏教誕生は、紀元前後と考えられています。
『般若経』『法華経』『華厳経』『浄土三部経』など、日本で有名な経典は、この頃に誕生しています。
ここでは、菩薩という考え、自分の悟りよりも他人を救済する(自利よりも利他)が強調されるようになります。
その後、大乗仏教の超有名人、「ナーガルジュナ(龍樹、龍猛)」という人が現れ、『般若経』で説かれた「空」という思想をまとめ、中観派というグループの祖となります。
また、深層心理(無意識)を探究し、識(心)から世界を理解しようとした「唯識派」も誕生します。
一説にはマイトレーヤ(弥勒)が「唯識派」の祖であると言われます。
大乗仏教が発展したこの時代は、一方でヒンドゥー教が発展した時代でもあります。
後期大乗、密教時代
四世紀にグプタ王朝が成立してから以降、インドではヒンドゥー教が中心となっていきます。
インドの国家は基本的に仏教も保護しましたが、国の中心となる宗教はヒンドゥー教であり、民衆の多くも仏教よりヒンドゥー教を求めるようになりました。
この時代、仏教はインドの伝統的な思想や行法を取り入れながら密教化していきます。
しかしインドにおける仏教衰退の動きを止めることはできず、
十三世紀には、インドから完全に姿を消してしまいます。
仏教は密教化してヒンドゥー教と差がなくなり、そのために滅んでしまったと言う人がいます。
しかしインドでは、部派仏教(小乗仏教)と大乗仏教と密教は、長い間共存して存在していたのです。
仏教の衰退期においてさえ、部派仏教は存在したのですから、仏教とヒンドゥー教に差がないということはありません。
七世紀に三蔵法師(玄奘三蔵)がインドを訪れた時、既に仏教は衰退期に入り、密教も存在したのですが、玄奘の記録によれば、それでも部派仏教(小乗仏教)の寺院の数が一番多くなっています。
したがって、仏教の密教化が衰退の原因とは考え難いでしょう。
では、なぜ仏教がインドで滅んでしまったのか、
その理由は未だによく分かりませんが、
1.仏教の僧侶は、冠婚葬祭などの儀式に関わることが少なく、大衆を組織化することがなかった。
2.元々仏教は、国家の保護の下、都市の商人を主な支援者としていたが、北インドの商業の衰退、異民族の侵略などにより、国家や商人などの支持基盤が失われた。
3.侵略された時、仏教の僧侶は戦うことを好まず、他の地へ移っていくため、残された民衆は他の宗教へ改宗していった。
などの理由が考えられるでしょう。